改訂新版 世界大百科事典 「政治宣伝」の意味・わかりやすい解説
政治宣伝 (せいじせんでん)
propaganda
政治的意図に基づいて比較的多くの人々にメディアと政治的メッセージをもって働きかけ,その意見,態度,感情,行動,思想を,特定の方向に編成し,操作し,動員しようとすること。プロパガンダの訳語。統治者であろうと反乱の指導者であろうと,何がしかの大衆の支持を必要とするから,政治はつねに政治宣伝を欠かすことはできない。政治宣伝は,宣伝する者から宣伝される者への一方向的な大量伝達であって,対話的なコミュニケーションや相手の自主的判断を前提とする説得とは異なる。また政治宣伝と扇動(アジテーション)とを区別して,前者を指導層の理論武装化,後者を大衆の組織化とする立場(たとえばレーニン)もあるが,実質的には両者は地続きで区別し難い。
政治宣伝を〈誰が,誰に,何を,いつどこで,いかに伝達するか〉というコミュニケーション・モデルに即して分節してみよう。
誰が
政治宣伝を行う単位は,国家からさまざまな集団を経て個人にいたるまで,多様であり得る。具体的には,政府,政党,政治運動団体,圧力団体,労働組合,市民団体等が政治宣伝を行うことが多いが,大衆社会と管理社会の双側性をもつ高度産業社会では,政,官,財の三位一体的な管理機構および情報産業が政治宣伝の中心的な役割を果たしている。
誰に
政治宣伝の受け手は多く国民全体であるが,特定の社会層,たとえば農民層とか青年層,あるいは特定の地域住民や宗教信者層が政治宣伝の対象となる場合もある。また貿易摩擦のような国際的な争点が生じた場合には,他国の国民にも政治宣伝が行われることがある。いずれにせよ,大衆社会の政治宣伝は,不特定多数の大衆に向けられることが多く,なかんずく新中間層意識や中流意識が標的とされる。
何を
政治宣伝のメッセージは,原子力船の寄港地問題,原子力発電の〈安全性〉,軍事費問題等のように,特定の政治的争点をめぐって一定の方向づけを行う限定的メッセージと,現行の政治体制や政治秩序一般を補強したり,新しい政治理想への参加を漠然と呼びかける一般的メッセージとがある。いずれのメッセージも,自国や現政権や自分たちの運動への肯定的イメージを喚起し,敵対者への否定的イメージを呼び起こす企図に貫かれている。政治宣伝は,多く公正と中立を演じ,本来の意図と全体の認識を隠しつつ,権威を用いステレオタイプ(固定観念)に訴えながら,選択的に価値づけを施したかたよったメッセージを一方的に提示する。
いつどこで
政治宣伝は,大統領の就任演説や総理大臣の施政方針演説のように制度化された政治的環境で行われるばかりでなく,オリンピックや国民体育大会,あるいは学校の入学式や会社の入社式のようなたてまえとしては非政治的な機会と環境においても行われる。《君が代》や〈日の丸〉のような政治象徴のほか,学校行事の儀礼,テレビ・ドラマが自ずと含む政治機能をも政治宣伝に加えるならば,政治宣伝は,いつどこでも行われ得るといわねばならない。しかも,国家の管理機構が大衆を管理するばかりでなく,企業,労働組合,学校,病院のような中間組織が国家の管理を代行する日本型の管理社会では,日常生活で行われる一見政治の顔をもたない政治宣伝は,公的な政治宣伝に劣らず重要である。
いかに伝達するか
政治宣伝のメディアは,ことば,音声,映像など多様であり,しばしば複合的に用いられる。新聞,雑誌,機関誌はもとより,ポスター,ラジオ,漫画,映画,テレビ,INS(高度情報システム)が宣伝の媒体となる。政治宣伝を担う言語は,〈新全国総合開発計画〉〈ベトナム特需〉〈INS〉といった,一見科学的で価値中立的に聞こえることばと,ナチス・ドイツの〈血と土〉や,〈大東亜共栄圏〉〈神州不滅〉〈日本列島の不沈空母化〉といった人の情動に訴えることばとの2系列があるが,いずれも人を組織し行動を促す命令法的な性格をもつ言語である。
さまざまなメディアを通じて,2系列の言語を駆使して行われる政治宣伝の仕方,大衆へのメッセージの売込み方には3通りの方法がある。第1に,イデオロギー的な情報を露骨にそのまま伝達するハードな売込み方,第2に,イメージや雰囲気や幻想で売り込むソフトな売込み方,第3に,無意識のうちに人の深層へ行動の型を売り込むディープ・セール(深い売込み方)である。今日の政治宣伝はディープ・セールへの比重を高めている。ディープ・セールは大衆の不安に働きかけ,好転への幻想を与えつつ,メッセージの発信者への無意識の自発的服従を促す。同時にエレクトロニクス・メディアそれ自体が,時間を蓄積せず並列化して歴史を忘却させる政治的効果をもつ。しかしながら,マス・メディアの伝達はつねに人の身体間および身体内の交信に変換されるから,政治宣伝が有効性を失ったり,逆機能を生じることもある。
→宣伝
執筆者:栗原 彬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報