日本大百科全書(ニッポニカ) 「政治的ロマン主義」の意味・わかりやすい解説
政治的ロマン主義
せいじてきろまんしゅぎ
politische Romantik ドイツ語
フランス革命から19世紀初頭にかけてヨーロッパでは、革命の混乱、流血、伝統社会の崩壊などに対する思想的批判が、革命のイデオロギーとみなされた啓蒙(けいもう)主義に対する批判として唱えられた。政治的ロマン主義とは、この批判者のうち、とくに自らロマン主義を称したドイツのシュレーゲル兄弟、ノバーリス、ミュラーなどの政治思想に対して、1910年前後から、マイネッケ、シュミットなどによってドイツで与えられた呼び名である。その特徴は、なによりも、政治思想を美学的なことばで語ることであった。啓蒙の冷たい合理主義に反対して生命感の充実、美しい教養ある人生、連帯した社会、国王と貴族を中心とする調和と秩序ある社会、国家と教会の結合などがその理想とされた。彼らはいずれも、急進思想から転向した保守主義者であり、イギリスの反革命主義者バークに私淑していた。しかし、彼らが多かれ少なかれ理想とした封建制やカトリシズムとは、かならずしも現実のものではなく、主観的意識のなかで美化された観念的なものであった。なお、政治的ロマン主義とは、主観的な生の充実だけを求める情熱であり、その条件さえ満たせばどのような政治的イデオロギーとも結び付くことができる道徳的無節操である、という、シュミットの有名な定義があるが、これは、反啓蒙、反合理主義という共通側面の過小評価である。
[半澤孝麿]