教育と研究(読み)きょういくとけんきゅう(その他表記)education and research

大学事典 「教育と研究」の解説

教育と研究
きょういくとけんきゅう
education and research

教育と研究の統合

教育と研究と教育は,ともに大学の重要な使命である。教育と研究の関係をどう捉えるべきかに関しては,相互に対立する二つの典型的な考え方がある。一方は,教育と研究は不可分であり,教育と研究が統合して行われることが大学の存在意義だとする考え方である。この考え方は,研究優先主義ないし研究至上主義に結びつくことが多い。他方は,教育と研究は別のものであるとする考え方で,教育や人材育成を優先する傾向がある。

 カールヤスパース,K.は「教育と研究の統合」を直截に表現した。ヤスパースは「研究と教授の統合」が大学の最大の原則であると述べた(『大学の理念』)。ここで教授と言うのは,専門分野の教育(専門教育)を指す。教育には専門教育のほか教養教育もあり,ヤスパースは,教授,教養,研究が不可分の統一体を形成しているのが大学の原理であるとする。大学は研究者と学生の共同体であり,その共同体の中で学生は教師とともに研究に参加すべきであり,教師にせよ,学生にせよ,研究する者のみが本質的な意味で知識の獲得ができる,すなわち,研究を通じて教授も行われるということである。これが教授と研究が統合された姿である。このことから「最高の研究者が同時に唯一の善き教師」であり,大学の教師は,善き研究者であることを目指して研究に邁進することになる。これが研究至上主義的な価値観につながる。

 このような「教育と研究の統合」理念源流は,いわゆるフンボルト理念に遡る。教育が完成された知識体系の伝達や学習であるとすれば,新しい知識の探求としての研究とは交わることはない。しかし,知識の獲得を知識探求のプロセス追体験により成し遂げるとすれば,それは学生にとっては研究の擬似的体験にほかならない。これがゼミナール実験を通じた教育であり,そのために大学に図書室や実験室が配されるようになった。もし,この教育において,いまだに解決されていない問題の解明を目的とする知的探求が行われるのであれば,それは教育であると同時に研究にもなる。これが教育と研究の統合の典型的なイメージであり,ヤスパースの「教育と研究の統合」へと連なっていく。

大衆化した大学における教育と研究]

教育と研究の統合,ないしは研究至上主義的な考え方に反対する意見もある。オルテガ,y G.・イ・ガセットはその典型である。大学の教育には教養教育,司法分野や医療分野を典型とする知的専門職の育成のための専門職教育,研究職の育成のための分野別の専門教育が存在している。オルテガは,大学が最も重視すべきなのは教養教育であり,これに次いで,社会の人材育成需要の観点から知的専門職の育成も重視すべきだとする。オルテガは研究者養成につながる専門教育の意義を否定するわけではなく,専門教育と研究活動も大学の使命の一つだとしている。専門教育の範囲では,専門教育と研究が分かちがたいものであることも認めるが,その「教育と研究の統合」原理を大学全体に波及させ,大学の第1の原理,あるいは大学の共通原理だとすることには異を唱える。

 教育と研究の統合を主張する立場と,教育や人材育成を優先する立場の違いは,エリートのための大学か,それとも大衆のための大学かという大学観の対比に求めることもできる。エリートのための大学であれば,フンボルト的あるいはヤスパース的な「教育と研究の統合」は可能であろう。しかしこの理想を大衆化した大学に当てはめれば,多くの大学では,研究至上主義の教師の下で学生は,真の意味で未解決の新しい問題の探求ではなく,研究の物まねに終始し,十分な知識を学ぶ機会もないままに卒業することになる。あるいは知的職業人養成と研究とを混同することにより,研究者の養成に成功しても,職業人としての育成に失敗することもありうる。「教育と研究の統合」は理想主義的ではあるが,建前が先行し,現実と理念の乖離を内包する大衆化大学を生むことになる。

 ここから,大衆化した大学にふさわしい教育と研究のあり方を再検討すべきだという問題意識が生じてくる。またエリートを対象とする大学においても,研究の進展に伴って学問分野の細分化が進む結果,教育と研究の統合はきわめて狭い範囲でしか成立しなくなり,大学は細分化された知識の寄せ集めになる。このような細分化された大学は,本来期待されている知的総合性や知的な規範としての役割から離れていく面があることも事実である。ここに,教養や人材育成を重視する立場が生まれてくる余地がある。大学における教育と研究を如何に考えるかという問題は,古くて新しい問題であり,大学改革の議論においても重要な位置を占め続けている。
著者: 小林信一

参考文献: オルテガ・イ・ガセット,井上正訳『大学の使命』玉川大学出版部,1996.

参考文献: ヴィルヘルム・フォン・フンボルト「ベルリン高等学問機関の内的ならびに外的組織の理念」,梅根悟訳『大学の理念と構想』明治図書出版,1970.

参考文献: カール・ヤスパース,福井一光訳『大学の理念』理想社,1999.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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