教育を社会事象としてとらえ、教育と社会との相互関係、すなわち教育の社会的機能や、教育の社会的規定条件、構造、過程などを実証的、客観的に研究する社会学の下位領域。その研究対象から教育学の一分野と考えることもできるが、教育社会学は、
(1)伝統的教育学が規範的、応用的側面に傾斜しすぎていることを批判し、実証主義、文化的相対主義の立場をとる
(2)教育を未成熟者に対する意図的作用と狭く限定せず、無意図的教育、環境的影響など、広義の人格形成作用、社会化過程を重視する
(3)教育と社会との関係を重視し、教育を個人的ではなく社会的な事象であると考える
などの特徴を有している。
[新堀通也]
教育社会学の学問的性格には二つの立場が大別される。一つは応用社会学としての性格であり、アメリカにおける初期の教育社会学に多くみられる。これは「教育的社会学」educational sociologyと称され、社会学の理論や知見を教育実践に応用しようとするもので、実践的、実用的関心が強い。これに対して、学問の客観性を高めるために、実践的関心を抑制して、より科学的に社会事象としての教育を研究する「教育の社会学」sociology of educationの立場がある。現在、教育社会学の主流をなすのはこの立場である。
もっとも1970年代、主としてイギリスに「新しい教育の社会学」new sociology of educationと称する第三の立場が出現した。これは、従来の「教育の社会学」の基本をなす実証主義や構造機能主義から解放されて、主観的理解やイデオロギーのような内面的要因、社会の葛藤(かっとう)や変動を重視し、現象学的社会学、シンボリック相互作用論、エスノメソドロジーethnomethodologyなどの理論や方法を援用する。そこでたとえば、成文化された教育目標や教育内容の背後に隠された意図や予期せぬ効果に注目するヒドン・カリキュラム、日常の教育現場にみられる教育言説、言語コードなどの研究が盛んになった。この流れの一部とも考えられるが、1980年代以後、ポスト「新しい教育の社会学」と称される立場が生まれた。これはポスト・モダニズムの一環とも解され、脱学校論に近いが、従来、教育の社会学がたえず扱ってきた教育の社会的機能、たとえば近代化と教育、人材養成、スクリーニングscreening(適格審査)、学歴、クレデンシャリズムcredentialism(学歴主義)などに対して、批判的な目を向けようとする。教育を文化による不平等の再生産であるとする文化資本論などがその代表である。
これと関連して、学校の普及、一般化と並行して発生する不本意就学、青少年非行、逸脱など、教育病理への関心が高まり、その研究が教育社会学に求められ、逸脱者に対する社会的ラベルの果たす役割を重視するラベリング理論がもてはやされた。
[新堀通也]
教育社会学という名称は使わなかったにしても、今日の「教育の社会学」的な理論を基礎づけたのはデュルケームであるが、教育社会学の名称や制度化が出現したのはアメリカにおいてである。1916年コロンビア大学に教育社会学科が創設され、23年全米教育社会学会の結成、28年その機関誌『教育社会学雑誌』の創刊が行われた。実質的に教育社会学の研究が始められたのはこのころからであるが、第二次世界大戦前は先に述べた「教育的社会学」の性格が強かった。
日本では第二次世界大戦後、アメリカの強い影響を受けて、教育社会学が本格的に成立した。1949年(昭和24)、新制大学にその講座や学科目が開設され、翌年日本教育社会学会が結成された。学会は毎年全国大会を催すとともに、年2回機関誌『教育社会学研究』を発行する。1999年(平成11)現在、会員数は1237名である。1986年には学会が編集して『新教育社会学辞典』(東洋館出版)が出版された。
[新堀通也]
日本の教育社会学は前述のような世界的な流れを受けているが、その研究領域は拡大し続けている。日本教育社会学会は毎年、会員に業績報告を求め、その結果を機関誌に掲載しているが、それは次のように分類されている。(1)総論(理論、方法論、学史など)、(2)人間形成(社会化、逸脱、病理、ジェンダーなど)、(3)家族、(4)学校(制度、政策、経営、組織、教師、指導、カリキュラム、入試、選抜など)、(5)高等教育(制度、政策、経営、教授職、カリキュラム、教授法、入試、選抜、学生文化、大学院など)、(6)生涯教育・生涯学習、(7)地域社会、(8)文化(メディア、マス・コミュニケーション、異文化間教育など)、(9)社会構造・社会体制(階層、社会移動、社会変動、学歴、学閥など)、(10)経済(人材養成、企業内教育、労働、職業など)、(11)教育工学(視聴覚教育、コンピュータ教育など)。
研究の方法や対象、視点もさまざまであるが、ミクロ、メゾ、マクロの3レベルが大きく区別され、それぞれを社会心理学的、文化人類学的、歴史・体制的アプローチと称することができる。前述分類のうち、とくに注目されているのは、(2)の逸脱、病理、ジェンダー、(5)の高等教育や(9)の社会構造・社会体制に関係して、教育の機会やメリトクラシー(能力主義)などのテーマであり、方法論的には社会史やエスノメソドロジー、臨床的研究などが注目されている。
[新堀通也]
『清水義弘監修『現代教育社会学講座』全5巻(1975~76・東京大学出版会)』▽『新堀通也・片岡徳雄編『教育社会学原論』(1977・福村出版)』▽『カラベル・ハルゼー編、潮木守一・天野郁夫・藤田英典訳『教育と社会変動』(1980・東京大学出版会)』▽『友田泰正編『教育社会学』(1982・有信堂高文社)』▽『柴野昌山・菊池城司・竹内洋編『教育社会学』(1992・有斐閣)』▽『日本教育社会学会編『教育社会学研究』第50集記念号(1992・東洋館出版)』
教育といういとなみを一つの社会現象としてとらえ,社会学的角度から分析・研究しようとする実証的経験科学。教育心理学が心理現象としての教育に心理学的角度から接近しようとするのに対して,教育社会学は社会学的接近方法をとる点に両者の相違がある。また従来は,教育といういとなみを主として学校教育に限定し,人間発達に対する学校教育の影響・効果を主たる研究テーマとしてきたが,近年は,人間の発達成長は決して学校教育のみに規定されているわけではないという事実認識に立って,その研究領域を,家族集団の人間形成機能,子ども集団の人間形成機能,さらにはマス・コミュニケーション,子ども文化,青年文化のそれなどへと拡大してきている。具体的な研究領域としては,(1)子ども,青年の発達に対する家族集団,同輩集団,マスコミ,子ども文化,青年文化の影響を分析・研究する発達社会学,(2)学校教育という一つの社会機構を通じて行われる社会的選抜過程とその社会階層の再生産もしくは社会移動に与える影響の分析,学校教育が伝達しようと試みる支配的価値観と子ども,青年がそれに対抗して作り出す下位文化との価値葛藤,などを問題とする学校社会学,(3)一つの社会の経済構造に対して一定の知識,技術,価値観をもった労働力を供給している教育制度とその社会の経済構造との相互関係を分析研究する教育の巨視社会学,などをあげることができる。
教育社会学educational sociologyという名称は,1908年スザロH.Suzzalloがコロンビア大学での講義題名に用いたのが最初といわれているが,それ以前に,ドイツのナトルプ《社会的教育学》(1898),アメリカのデューイ《学校と社会》(1899)などがすでに出版されていた。フランスではデュルケームが教育を社会的事実としてとらえ,そこに内在する法則を実証的にとらえようとする〈教育の科学science de l'éducation〉の必要を説いた。しかし教育社会学が一つの学問領域として確立したのは,一般的には1920年代のこととされている。1923年アメリカでは〈全国教育社会学会〉が設立され,さらに27年からは《教育社会学雑誌》が発刊されるに至った。日本では,大正初期に建部遯吾,遠藤隆吉らの社会学者が教育に対する関心を示し,さらに田制佐重,市川一郎らによってアメリカ教育社会学の概説書の邦訳,紹介がなされた。大正・昭和を通じて戦前期には,ドイツ,フランスなどの教育社会学の動向が紹介されたが,本格的な教育社会学の研究が開始されたのは第2次大戦後のことである。とくに新制大学の教職教育の一環として,教育社会学の講義が行われるようになったことは,一つの学問分野としての教育社会学の制度的発展,確立に大きな意味をもった。1949年末には日本教育社会学会が結成されている。
→教育学
執筆者:潮木 守一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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