新制大学(読み)しんせいだいがく

精選版 日本国語大辞典「新制大学」の解説

しんせい‐だいがく【新制大学】

〘名〙 大正七年(一九一八公布大学令による大学に対し、昭和二二年(一九四七施行の学校教育法に基づく大学の呼称。高等教育機関に属し、研究機能を媒介として人間形成と職業教育とを調和的に行なうところに特色がある。六・三・三制の学校体系の頂点に置かれ、四年制を原則とする。
※午前零時(1952)〈井上友一郎〉心の蛍光灯「次男の晃二は、まだ新制大学に在学中だが」

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大学事典「新制大学」の解説

新制大学
しんせいだいがく
university under the new system

新制大学は学校教育法(昭和22年3月31日法律第26号)によって法制化された。同法制定に伴い,帝国大学令(1947年に国立総合大学令と改称)など学校種別ごとに単行勅令で規定されていた諸勅令はすべて廃止された。第2次世界大戦前の大学が「国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用ヲ教授」(大学令1条)する機関として,高等学校(旧制)以下の諸教育機関とは異なる位置づけを与えられていたのに対し,戦後は学校教育法により学校体系の一環として位置づけられた。学校教育法52条では「大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」とし,新制大学では旧大学令における大学の国家への従属が否定された。

 1947年(昭和22)国・公・私立大学を会員とし,大学の水準向上と適格判定にあたる大学基準協会が設立され,新制大学の発足に際しその設置を認可するための大学基準(1956年に文部省令として大学設置基準が制定され,大学基準は大学基準協会の会員校資格審査の基準となった)を採択した。この大学基準は,文部大臣の諮問機関である大学設置委員会(1948年に大学設置審議会に改称)の基準として採用され,戦後大学制度の基本を決めていくこととなった。大学基準に示された,外国語教育・保健体育教育・一般教養科目(1950年に一般教育科目に改称)からなる一般教養課程は新制大学に必置のものとなり,新制大学の性格を特徴づけることとなった。1948年には私立大学11校と公立大学1校,49年には国立大学70校,公立大学17校,私立大学81校が新制大学として発足した。
著者: 井上美香子

参考文献: 天野郁夫『新制大学の誕生―大衆高等教育への道』上・下,名古屋大学出版会,2016.

参考文献: 海後宗臣,寺﨑昌男『戦後日本の教育改革9 大学教育』東京大学出版会,1969.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

世界大百科事典内の新制大学の言及

【大学】より

… 第2次大戦後の学制改革のもとで,大学の体制も大きく変わった。戦前,大学のほかに高等教育を担っていた専門学校,大学専門部,高等学校,大学予科,高等師範学校,師範学校などが再編統合されて新制大学となり,新制高等学校の上に直接つづく教育機関となった。私立専門学校や高等女学校専攻科などを母体として短期大学も発足した。…

※「新制大学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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