狭義には、教授・学習過程において、言語教材と非言語教材の適切な組合せとそれらを提示する教具の適切な組合せを探究し、実践していく教育領域。視聴覚教育は、audio-visual educationの訳語として、第二次世界大戦後アメリカから日本に導入された用語である。そこには、教授の手段を言語だけに頼ること(言語偏重主義verbalism)を排して映像による教育可能性を追求し、科学および技術の成果を教育へ導入することによって具体的経験の豊かな裏づけを保証し、知識や情意を効果的にはぐくみ教えようとする考え方があった。
一方、広義の視聴覚教育とは、教育の理論と実践の一分野であって、学習過程を制御する各種メッセージの構成と活用に関与するものである。すなわち、(1)いかなる目的にせよ、学習過程において使用される画像的および表情や心の動きなどで伝えられる非表示的メッセージの、それぞれの特質および相対的長所と短所とを研究すること、(2)教育場面における人間と機械との組み合わせによるメッセージを教育場面で予想される流れに沿って構造化し、組織化することである、ということができる。いいかえれば、広義の視聴覚教育とは、「授業システムにおける個々の要素および授業システムの全体について、その設計、製作、選択、管理、および利用に関することである」(現在のアメリカ教育工学会Association for Educational Communications and Technology=AECTの前身DAVI「アメリカ視聴覚教育部」による定義、1945)ということができよう。
[篠原文陽児]
「視聴覚教育」という用語や理論構成が現れたのは、1930年代以降のアメリカにおいてである。すなわち、第二次世界大戦を契機に、短期間に大量の軍需生産と軍事訓練の能率をあげるため、アメリカの産業界、陸海空軍が、非言語的教材を効果的に提示することを目標に、スライド、映画、レコード(のちに録音テープ)を活用し、またその開発に力を注いだことに始まる。その後、この分野の研究者や専門家が戦争の終結と同時に大学に戻ったとき、これらの新しい機器は、それまでは考えられなかったものの教材化を可能にした。
とくに映画の教育への利用は、「視覚教育」visual educationとよばれ、視聴覚教育成立の直接的な端緒を開いたといえる。その後トーキー映画やテレビジョンが新たな教具として導入されるに及び、視聴覚的教育は単に視聴覚教材、すなわち非言語的教材の効果的提示方法にとどまるものではなくなった。すなわち、アメリカの教育学者エドガー・デールEdgar Dale(1900―1986)は、言葉による教育効果をより高めるために非言語教材が利用されるべきであると考えた。そこで、言語教材と非言語教材の双方を含む「おのおのの抽象的表現は結合されなければならない」(Audio-Visual Methods in Teaching, 1946)とし、「豊かな学習経験」という考えを基盤として、教育・学習経験を分類した「経験の円錐(えんすい)」Cone of experienceの考え方を提唱した。視聴覚教材とよばれるものは、直接的・目的的経験、模擬経験、見学、展示、テレビ・ラジオなどのメディア、視覚・言語シンボルに至るまで多岐にわたっている。これらは、人間の概念形成に関する発達段階と密接な関係がある。
なお、1658年にコメニウスによって著された絵入り教科書『世界図絵』Orbis pictusは、今日の視聴覚教材の先駆であり、当時からその意義は高く評価されていた。コメニウス、ルソーらを経てペスタロッチによって体系化された直観教授の思潮は、19世紀における教育改革の主要な原則であったが、見学、演示、展示などの観察活動や生徒の直接的・目的的活動の重視という形で、今日の視聴覚教育の思潮のなかに受け継がれている。
[篠原文陽児]
1960年代の高度経済成長、1970年代以降のエレクトロニクスの長足な進歩、そして1980年代以降の電子および通信産業の目覚ましい発展などによって、日本の教育界で活用される機器は著しく進歩し、開発されてきた。ところが、教師や指導者によって操作され、処理されるべきソフトウェア(プログラム)の開発は、今日においてもいまだ十分であるとはいえず、さらに、いかに現実の教育の場面でソフトウェアを適用するかという理論および実践についての研究も不徹底であるといえる。オーバーヘッド・プロジェクター(OHP)、VTRをはじめとするこれまでの教育機器についてはもちろんのこと、1978年(昭和53)に出現したマイクロコンピュータの普及によるCAIおよびCMIについても同様の指摘がなされた。今日でも、電子メディアを使ったeラーニング、そして21世紀の主要なメディアと考えられているマルチメディアや、インターネットを活用したWebラーニング、あるいはとくに企業内での知識・技能の定着を目的としたWBT(Web Based Training)においても、メディアリテラシーあるいはメディア教育のありようとともに、ソフトウェアの開発とそれをいかに適用するかという理論と実践についての研究は大きな課題である。教師、研究者、技術者などが、視聴覚教育の理論、方法、内容について合理的、科学的、総合的探究を深め、その成果を科学的な教育改革と、教育改善に寄与する教育工学的研究にまで高めていくことが期待される。
[篠原文陽児]
『教育工学研究成果刊行委員会編『教育工学の新しい展開』(1977・第一法規出版)』▽『西之園晴夫著『教育学大全集30 授業の過程』(1981・第一法規出版)』▽『中野照海編『教育工学』(1982・学習研究社)』▽『エドガー・デール著、西本三十二訳『デールの視聴覚教育』(1985・日本放送教育協会)』▽『マーシャル・マクルーハン著、栗原裕・河本仲聖訳『メディア論――人間の拡張の諸相』(1987・みすず書房)』▽『白鳥元雄・高桑康雄著『メディアと教育』新訂版(1999・放送大学教育振興会)』▽『菅谷明子著『メディア・リテラシー――世界の現場から』(岩波新書)』▽『E. DaleAudio-Visual Methods in Teaching, 3rd ed. (1969, Dryden Press, New York)』
教科書を典型とする文字文化中心の教育とは異なり,視覚や聴覚に直接訴えることで学習の効果を高めようとする教育。利用される器材を大きく分類すると,(1)スライド,映画,テレビなどの映像物,(2)写真,イラスト,図表など印刷可能なもの,(3)ラジオ,レコードなどの聴覚機器,(4)実物,標本,模型などの教具に整理される。このほかに,視覚,聴覚,視聴覚という分類や,さらに視覚部分を静止と動態とに区別するやり方もある。
視聴覚教育の意義は,現実の生活や現象の背後に存在するものの本質を,一般化したり概念化したりして把握するような学習にあって,直観や感覚レベルでの認識を豊かにすることによって理解の深まりを助けることにある。教育の歴史においては,印刷術の普及による活字文化の定着のなかでその意味が自覚されるようになった。初期のころの最も代表的なものは,コメニウスの絵入り教科書《世界図絵》(1658)であろう。このような直観教授の重視は,ペスタロッチやデューイにもひきつがれた。こうして,はじめは教科書中心の教育の補助手段として活用されていたが,20世紀に入ってからのめざましい視聴覚メディアの開発に伴い,教育の場で広く利用されるようになり,さらには複雑な電気的機器を組み合わせて用いるなど,視聴覚教材による教授そのものが教育の中心になる場合も多くなってきた。また学校以外の,社会や企業内,家庭教育などでも広く普及している。
日本では明治初期の〈学制〉以降,欧米諸国の新しい教育方法の導入のなかで,翻訳本や御雇外国人の教師によって紹介され普及した。はじめは掛図や標本が用いられ,やがて幻灯機も利用されるようになった。しかしなんといっても大きな影響を与えたのは,大正から昭和にかけて広がった映画とラジオ放送であろう。これによってダイナミックな視聴覚教育が可能となった。昭和に入り,巡回方式によって学校の講堂での映画会が行われ,やがて学習指導のなかで利用される教材映画が作られるようになった(文化映画)。全国向けの学校放送は1935年に始まった(放送教育)。第2次世界大戦直後には,GHQが映写機とフィルムを日本政府に貸与し,映画が社会教育の場面で活発に利用された。60年代以降はテレビが教育の場に利用され,学校放送番組や通信教育や教養講座などが放映されるようになった。さらには教育産業界による教育機器の開発が進められ,教材をプログラム化し学習の指導を行うティーチング・マシンが登場した。これらはプログラムの開発と機器の開発・利用の両方の研究を促進し,教育工学という新分野をも切り開いた。また個別学習の推進など教授方法の改革にも影響を与えている。
教育機器の開発に伴って施設や設備の充実も進められ,ランゲージ・ラボラトリーや視聴覚教室さらには教材開発センターや校内テレビ放送施設なども作られている。このように視聴覚教育では,現在では新しいメディアの登場とともに教育への導入や応用が進められ,最近ではマイクロコンピューターも利用されている。このような状況の下では,ともすると教育の場が教育産業界の市場と化し,目新しい機器の早期利用に目がうばわれて,視聴覚教育の原理や原点が見失われるおそれもある。
執筆者:梅原 利夫
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