デジタル大辞泉
「教育心理学」の意味・読み・例文・類語
きょういく‐しんりがく〔ケウイク‐〕【教育心理学】
教育問題を心理学的見地から研究する学問。発達過程 、学習過程、学習の評価、人格形成の過程などが一般的研究領域。
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きょういく‐しんりがくケウイク‥ 【教育心理学】
〘 名詞 〙 教育事象に適用された応用心理学 の一つ。精神発達 、学習過程、学習成果の測定と評価などが主要な研究領域。[初出の実例]「安川は、一年ばかり前からC大学で教育心理学を専攻してゐるのであった」(出典:伸子(1924‐26)〈宮本百合子〉一)
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きょういくしんりがく 教育心理学 educational psychology
教育とは学習し発達する存在である人間を指導・支援する営みにほかならない。そのため,教育という事象を理論的・実証的に明らかにし,その改善に資することをめざす教育心理学は,学習心理学 および発達心理学 と密接なかかわりをもっている。その教育心理学の研究は心理学が科学として歩みを始めた当初から開始されており,すでに100年以上の歴史がある。その間に,研究領域が飛躍的に拡大し,教育学,教育社会学,教育工学など隣接の学問との関連性も深まった。そのため現在の教育心理学は,心理学の一分野という枠を越えて,教育諸科学のうちの一学問とみなせるまでになった。そこで本項では,そうした多様性と広がりをもつ教育心理学の全貌を,「教育心理学の歴史」「学習理論と教育」「発達理論と教育」「教育心理学の対象と領域」「今後の課題」の視点から概観する。
【教育心理学の歴史】 心の科学である心理学が誕生する以前は,人間の「心」の問題は哲学の領域に属していた。同様に「教育」の問題も哲学の領域に属していた。18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ で,ルソーRousseau,J.-J.,ペスタロッチ Pestalozzi,J.H.,ヘルバルト Herbart,J.F.,フレーベルFröbel,F.W.A.などの思想家たちが,それぞれに独自の教育理念に基づく教育改革を唱えた。
しかし,教育心理学の萌芽はヨーロッパではなく,アメリカで生じた。教育心理学の草創期に活躍した心理学者の多くは,①1899年に『教師のための心理学Talks to Teachers on Psychology and to Students on Life's Ideals』という本を出版したジェームズ James,W.,②ジェームズの門下生で,児童研究を創始し,アメリカ心理学会を組織したホールHall,G.S.,③20世紀の初頭にビネーBinet,A.がフランスで創案した知能検査 のアメリカ版を作成し,知能検査の発展・普及に貢献したターマンTerman,L.M.,④心理学者であるだけでなく哲学者であり教育学者でもあるデューイDewey,J.,⑤20世紀初頭に展開した教育測定運動の理論的指導者であり,『Journal of Educational Psychology』を創刊したソーンダイク Thorndike,E.L.など,いずれもアメリカの心理学者であった。
また,この草創期に,その後の教育心理学の発展を推進する次の三つのアプローチ がすべて出現していることも注目に値する。第1は,研究の科学性・客観性を重視し,一般性・普遍性の高い理論を追究するソーンダイクのアプローチであり,このアプローチはその後,行動主義に継承されることによって発展した。第2は,個人差診断のためのテスト開発をめざすアプローチであり,ターマンの知能検査は,テスト開発研究のその後の発展の礎となった。そして第3は,教育改革のための教育実践を重視するデューイの実践志向のアプローチである。ただし,第3のアプローチは,20世紀の前半には,それほど進展することはなかった。したがって,20世紀の前半は第1および第2のアプローチを基軸として教育心理学の骨格が形作られた。
20世紀の後半に入るまで,教育心理学の発展は比較的ゆるやかな速度で進行した。ところが1950年代の後半に起きた二つの出来事が,その速度を加速させた。その一つは,いわゆるスプートニク ・ショックである。1957年に打ち上げられたソ連の人工衛星スプートニクは,アメリカ国民に深刻な打撃を与え,そのことが教育心理学の発展を加速させる契機となった。なぜなら,世界の覇権を争っていたソ連に科学技術の面で先を越されたアメリカは,国家戦略の一環として教育改革に着手したからである。その結果,それまではもっぱら基礎研究に従事していた多くの心理学者が,教育心理学の世界に参入した。その中にはスキナーSkinner,B.F.やブルーナー Bruner,J.S.などの大物も含まれていた。かくして教育心理学の世界に教授心理学instructional psychologyという新たな研究分野が生まれ,教育心理学は実践志向のアプローチを一歩前進させることになった。
もう一つの出来事は,いわゆる認知革命である。心理学,言語学,脳科学,情報工学などの多様な諸科学が合流することによって,認知科学という新たな学際的・総合的科学が出現し,心理学の世界にパラダイム・シフトを巻き起こした。行動主義が優勢であった20世紀前半には研究のらち外におかれていた注意・言語・思考・推論・意思決定などの認知過程を情報処理モデルを用いて分析・記述する新しいアプローチが,心理学のさまざまな分野に急速に広まり,その波は教育心理学の世界にも波及した。そのことが前述の教授心理学の成立を可能にしたのである。
最後に,1980年代以降に起きた二つの重要な出来事に触れておこう。その一つは社会的構成主義の台頭によって教育心理学の研究対象は学校教育の枠を越えて,家庭や地域社会でのインフォーマル な教育や,さらには学校を取り巻く社会的・文化的諸条件にまで広がったことである。そしてもう一つの出来事は後述する学習科学の出現である。
【学習理論と教育】 学習と教育は表裏一体であり,教育心理学の発展は,学習理論の発展に大きく依存している。そこで以下に,学習理論の発展の歴史を概観しておく。
学習研究の歴史は,連合理論と認知理論という対照的な理論によって織りなされてきた。そのうちの連合理論は,1910年代から1950年代にかけて,北アメリカを中心に隆盛した行動主義の学習理論である。行動主義behaviorismの主張は,研究の対象をブントWundt,W.の言う「意識」ではなく「行動」に限る点にある。つまり,外部から観察可能な「行動」を研究の対象にしない限り,心理学は真の科学にはなりえないと主張したのである。そして行動主義では,複雑な行動も分析すれば刺激Stimulusと反応Responseの連合という要素に還元できると考え,そのような連合が形成される過程である学習の問題を主要な研究課題とした。行動主義の学習理論が一般にS-R連合理論S-R association theoryとよばれるのはこのためである。
行動主義の心理学が客観的な実験データに基づいて,記憶や学習に関する厳密で精緻な理論を展開していたころ,ドイツではゲシュタルト心理学 Gestalt psychologyが興隆した。ゲシュタルト心理学は,当初は主として知覚研究の領域で全体観と力動観を基調とする心理学を展開したが,やがて学習,記憶,思考などの領域において認知理論の台頭を促した。しかし,1950年代までは,認知理論よりも連合理論の方が優勢であった。その理由は,認知理論で用いられる概念や仮説は曖昧であり,また,それらの概念や仮説を実験的に検証するための方法論が,その当時はまだ十分に確立していなかったことにある。これに対し連合理論は,最初は主として学習や記憶の領域で,厳密な実験データに基づく精緻な理論を生み出した。さらに,学習や記憶だけでなく,言語や思考など,あらゆる認知過程を説明するための最も有望な理論として,着々と適用範囲を拡張していくかに見えた。しかしながら,そのようにして研究領域を拡張しようとすると,人間の認知過程は刺激と反応の連合という単純な図式では説明しきれない,複雑かつ能動的な過程であることがしだいに認識され始めた。
1950年代半ば,認知過程を研究するための新しいアプローチが出現した。それが認知心理学 cognitive psychologyである。認知心理学では,人間を一種の情報処理体(いわば精巧なコンピュータ )とみなし,人間の認知過程を情報処理モデルによって記述する。要するに認知心理学では,人間の認知過程を,情報を符号化し,貯蔵し,必要に応じて検索・利用する一連の情報処理過程ととらえるのである。そのような背景のもとに成立した認知心理学では,人間の知識の構造を明らかにすることが重要な研究テーマとなる。なぜなら人間は,知識がなければ,いかなる認知活動も行なうことができないからである。したがって,認知心理学における学習の定義は,「新しい知識を獲得することによって初心者が熟達者(エキスパート )になる過程」ということになる。
1980年代に入ると社会的構成主義social constructionismが台頭し,学習理論に新たな展開が生じた。社会的構成主義は,象徴的行為論を唱えた社会学者のミードMead,G.H.,言語ゲーム論を唱えた言語哲学者のウィトゲンシュタインWittgenstein,L.J.,状況的学習論を唱えたレイブLave,J.とウェンガーWenger,E.,ビゴツキー Vygotsky,L.S.の発達理論などをその系譜に含み込み,領域を横断して幅広く展開している新しいアプローチであり,学習の社会的側面を重視する。社会的構成主義では人間は社会的存在であるという前提に立ち,学習を他者との相互作用の中で成立する社会的事象だとみなすのである。したがって,認知心理学の学習観が知識獲得モデルだとすれば,社会的構成主義の学習観は知識共有モデルといえるだろう。そのため,1980年代以降,この社会的構成主義の影響のもとで,学習者同士が交流しながらともに学び合う形式の交流型学習(たとえばディべートによる学習や互恵的学習など)が提唱・実践されるようになった。
一方,1990年代以降,急速に発展しつつある学習科学learning scienceは,学習心理学,認知心理学,発達心理学,脳科学,社会心理学,文化人類学,教育工学などの多様な学問分野を総合することによって発展した新しい学際的かつ実践的な科学である。また,学習科学の学習観は知識創造モデルといえるだろう。なぜなら,知識とは,継承し継承されるものであり,継承したものになんらかの創造が付加されなければ,継承されることなく朽ち去る運命にある,というのが学習科学の主張だからである。つまり学習科学がめざしているのは,知識創造のための学習がなされる条件を明らかにし,そのための学習環境を拡充し,そのための教授法を科学的根拠に基づいて研究・開発することなのである。したがって教育心理学が,学習科学の一翼を担う学問として,今後さらなる発展を遂げるためには,理論と方法の変革が不可欠になるであろう。
【発達理論と教育】 教育心理学の発展は,発達理論の影響も受けている。そこで次に,発達理論が教育心理学に与えた影響を概観しておく。
新生児の能力は,きわめて限定されている。しかし,新生児期,乳児期,幼児期を経て児童期を終えるまでの10数年間に,歩行運動や種々の運動技能,言語や読み書き・計算などの認知技能,問題解決や推理などの高度な思考力を身につける。こうした目覚ましい までの発達を支えるしくみは何なのか。この問いに対する回答が発達理論であり,ゲゼルGesell,A.L.に代表される成熟説とワトソンWatson,J.B.に代表される学習説とに大別できる。このうちの成熟説maturation theory of developmentとは,発達は遺伝によって決定され,生後の経験とは無関係に,生得的に決められた順序に従って生起する現象ととらえる立場を指している。したがって成熟説では,たとえば1歳児のほとんどが類似した行動を示すのは,1歳児の生物学的成熟が同じレベルにあるからだと考える。1歳になれば筋肉や運動をコントロールする脳の中枢が成熟してレディネス が形成され,骨格筋を協応させて歩行できるようになる。しかし,1歳児はまだ走ったり,スキップをしたり,複雑な文を話したりすることはできない。その理由は,これらの行動は,この年齢以降に発現する,より複雑な神経学上の成熟を必要とするからである,というのが成熟説の基本的仮定なのである。この成熟説の対極に位置しているのが学習説である。学習説learning theory of developmentでは,発達は生物学的成熟によって自生的に現われるのではなく,生後の経験である「学習」こそが発達を導く唯一の原理だと考える。また,レディネスも生物学的成熟によって自然発生的に生じるのではなく,学習によって獲得するものだと考える。このように,成熟説と学習説は,遺伝か経験かという点で相容れない二項対立の関係にある。したがって,両者から導き出される教育的示唆もまた対照的である。成熟説に立てば,教師の役割は子どもの発達を見守り「支援すること」である。これに対し,学習説に立てば,教師の役割は子どもの学習活動を「指導すること」である。
20世紀の前半までは,成熟説と学習説を両極とする排他的な二項対立が続いたが,20世紀の後半に入ると,成熟と学習の両方を考慮に入れた折衷的な発達理論が次々に提起された。たとえばピアジェPiaget,J.は,感覚運動的知能,前操作,具体的操作,形式的操作の4段階からなる知能の発達段階説stage theory of developmentを唱えた。この発達段階説は,文化を超えた普遍的な発達過程を仮定している点で,ゲゼルの成熟説に類似している。しかしピアジェは,成熟ではなく,環境(外界)の普遍的な論理構造を同化と調節の働きを通して取り入れることによって認知発達が生じると考えた。つまり,外界の論理構造をそのまま取り入れる同化と,外界の論理構造に認知構造(シェマ)を一致させる調節によって発達段階の移行が生じると考えたのである。たとえば,同数の黒いおはじきと白いおはじきを同じ長さに並べ,「どちらの数が多いか」を尋ね,同じ数であることを確認させる。その後,幼児の目の前で黒いおはじきの長さを縮めたうえで,再度「どちらの数が多いか」を尋ねると,幼児はおはじきの長さだけに注目し,白いおはじきの方が数が多いと答えるであろう。つまり幼児はまだ「長さ」と「隙間」という二つの次元を統合するシェマを獲得していないので,一つの次元(長さ)だけに注目して,おはじきの数を比較するのである。しかし,一つの次元だけに基づいて数の比較判断をする幼児のシェマは,外界の論理構造と矛盾している。そのため幼児は,やがて一つの次元だけに注目するシェマを外界の論理構造と一致するように調節する必要が生じる。このようにしてシェマはしだいに外界の論理構造に近づいていくのである。
ブルーナー(1967)も,発達段階は活動的表象,映像的表象,象徴的表象という3種類の表象からなると考えた。彼は,1歳ころまでの乳児には活動的表象しかないが,1歳前後から映像的表象が発達し始め,さらに言語の獲得に伴って象徴的表象が発達すると考えた。また,活動的表象は映像的表象の基礎となり,映像的表象は象徴的表象の基礎となるというように,階層的な発達段階を仮定し,さらに,これら3種類の表象間に生じる矛盾や不均衡を調整しながら,それぞれの表象の発達が進行していくのだとした。つまり,映像的表象の発達は実際の動作や行為からの解放を意味し,象徴的表象の発達は知覚体験に基づく具象的認識から独立し抽象的認識の発現を意味すると考えたのである。さらにブルーナーは,表象の発達段階に応じた方法で指導すれば,低年齢の子どもにも高度な教材を理解させることが可能だと考え,同一教材を子どもの発達段階に応じた方法で繰り返し学習させるラセン型カリキュラム spiral curriculumを提唱した。
一方,ビゴツキーの発達理論は,発達はおとなとの相互作用を通して文化を継承する社会的事象だととらえており,一般に社会的構成主義とみなされている。彼は,おとなとの相互作用による発達過程を発達の最近接領域zone of proximal developmentという概念で説明した。すなわち,子どもにはある課題を独力で解決できる水準(現時点での発達水準)があるが,その上にはおとなからヒントや援助が与えられれば解決できる水準(潜在的な発達可能水準)があり,これら二つの水準の間の領域を発達の最近接領域とよび,教育とは発達の最近接領域に働きかけることによって,「潜在的な発達可能水準」であったものを「現時点での発達水準」に変えることだと考えた。また,そのようにしておとなの援助がなければできなかったことが独力でできるようになると,それまではおとなの援助があってもできなかったことが,おとなの援助があればできるようになる。ビゴツキーは,発達とはこのようにしてしだいに発達の最近接領域の水準が高くなっていくことだと考えたのである。その後,ビゴツキーの発達理論が広く受容されるなかで,発達の最近接領域という考え方は,多くの教育心理学者に影響を与え,新たな教育方法の理論を生み出す契機となった。たとえばブルーナーは,発達の最近接領域に働きかけて援助することを足場かけ(スキャフォールディング)とよんだ。そして,子どもの発達段階に応じて適度な援助(足場)を与え,子どもが独力でできるようになればしだいに足場を外していくことによって自立した学習者を育成する教育方法を提唱した。
【教育心理学の対象と領域】 前述したように20世紀の前半は,一般性・普遍性の高い理論を追究するソーンダイクのアプローチと,個人差診断のためのテスト開発をめざすターマンのアプローチを基軸として研究が進められた。そのため当時の研究は,読み書き・計算などの技能に関する基礎研究や,知能検査・適性検査・学力検査の開発など教育測定の領域に狭く限定されていた。しかし,1950年代後半の認知心理学の出現によって,教育心理学の研究対象が学校教育の問題へと広がり,しかも知識や技能の習得といった学習指導の問題だけでなく,学習意欲などの情意面や社会面での発達を含めた学校適応・生徒指導・キャリア教育の問題も研究対象に加わった。また,認知心理学が成立する以前の行動主義の時代には,新生児の心は完全な白紙(タブラ・ラサ )であり,その白紙の上に経験の痕跡が刻み込まれていくのだと考えられていた。しかし,認知心理学の発展に伴って,乳幼児の有能さを示すデータが着々と蓄積された,そのことが教育心理学の研究領域を幼児教育や特別支援教育の領域にまで広げることを可能にした。さらに1980年代の社会的構成主義の台頭によって,教育心理学の研究領域は学校教育の枠を越えて,家庭教育,高等教育,企業内教育,生涯教育の領域にまで広がった。そして,1990年代以降,学習科学が急速に発展したのに伴って,教育心理学の研究領域はさらに広がり,教員養成や教職研修,カリキュラム開発,教育改革などの従来は教育学や教科教育学の守備範囲であった問題も,教育心理学の研究対象に含まれるようになった。
以上のように,教育心理学の研究領域は20世紀の100年間に急速に拡大し,今日では,心理学の中でも最も広範なパースペクティブ をもつ研究分野となった。そのことは,レイノルズLeynolds,W.M.とミラーMiller,G.E.の『教育心理学ハンドブック Handbook of Psychology(Vol.7):Educational Psychology』(2003)の構成に端的に示されている。このハンドブックは,次のような内容の5部構成になっている。⑴認知研究の学習,発達,教授への貢献(最近の知能の理論,記憶と情報処理過程,自己調整と学習,メタ認知と学習,動機づけと教科学習),⑵教育場面における人間関係および社会的要因(学習と教授における社会文化的背景,初等・中等教育における教授過程,協同学習と学業成績,教師と子どもの関係,学校適応,教室におけるジェンダー問題),⑶カリキュラムへの応用(幼児教育,リテラシー の心理学とリテラシー教育,数学の学習,メディアと情報教育),⑷特別支援教育(学校心理学,学習障害,才能教育のプログラム,学校不適応),⑸教育プログラムと教育政策(教師の学習と初任者教育,教育への介入研究,教育政策と教育改革,教育心理学の未来)。
【今後の課題】 21世紀の教育心理学は,高度化・学際化・実践化への社会的要請が,さらに強まるであろう。したがって,その要請に応え,教育心理学が教育諸科学を先導する役割を果たすためには,次の三つの課題に取り組む必要があるだろう。
第1は,理論研究と実践研究をつなぐ懸け橋を築くことである。理論研究の成果が教育実践の改善に役立ち,教師の実践知が理論研究の発展を刺激する,というような,理論研究と実践研究の相補的な関係を構築することが重要になるだろう。従来の理論研究は,次の二つの理由で,教育実践にそれほど影響を及ぼすことがなかった。第1の理由は,教師の関心と研究者の関心は異なっているのが通例であるため,教師の多くは理論研究の成果にあまり関心を示さないことである。要するに,多くの研究者の関心は教育の基本原理を明らかにすることにあるのに対し,教師は教室の現場で発生する教育実践上の具体的な問題に主たる関心があるのである。第2の理由は,研究計画の段階から教師と研究者とが協同作業をする事例はきわめてまれであるため,一般に教師が研究課題を構想したり,学習や教授についての知識ベースを生成する機会がほとんど生まれないことである。したがって今後は,理論研究の世界と教育実践の世界の間で,双方向の情報の交流が生じるようにする必要があり,そのためには教師と研究者が共有の知識ベースを構築することが重要になるだろう。
第2は,学際的な視点に立って,次の三つの包括的な研究課題に取り組むことである。⑴理論研究の成果を,カリキュラムや教材・教授法の細部に至るまで精緻化し,教育実践にかかわるあらゆる人びとに効果的な方法で伝達すること,⑵研究者の理論知と教師の実践知を結びつけ,研究が教育実践の改善にも教育理論の発展にもつながるように,研究者と教師が協働して研究に取り組むことができるような研究体制を整備すること,⑶教育実践の絶えざる改革・改善のために,学力,カリキュラム,教師の指導力,学級経営,学校経営などの観点から総合的に評価するための新しい教育評価の理論と方法を開発すること。このような包括的な研究課題に取り組むためには,教育心理学からの単独のアプローチではなく,教育にかかわりをもつ,認知心理学,発達心理学,教科教育学,教育社会学,教育経営学,教育行政学,教育工学などの多様な学問分野を総合する学際的アプローチを取ることが不可欠な条件である。したがって,それを可能にするようなプロジェクト研究の体制を組織することが重要になるだろう。
第3は,理論研究と実践研究をつなぐための新たな研究法を開発することである。ストークス Stokes,D.は,『パスツール の象限Pasteur's Quadrant: Basic Science and Technological Innovation』(1997)の中で,理論と実践の橋渡しをすることの重要性を指摘している。ストークスは,科学の進歩の多くが実践的問題の解決と密接に関連していることを見いだし,パスツールPasteur,L.の研究こそがまさにその良き例証だとみなして,書名にその名を冠している。つまり,パスツールの研究が医学の進歩に多大な貢献をしたのは,彼の研究が病気の患者をいかに救うかという実践的問題の解決に関係していたからにほかならず,パスツールの研究のように体系的になされた実践研究は,同時に理論研究の進歩にも貢献できると主張しているのである。ストークスのこの主張は,教育心理学の場合も,教育の改善をめざすパスツール型の実践研究が求められていることを,そしてそうしたパスツール型の実践研究は,教育実践の質を高めるのに役立つと同時に,教育の基本原理に関する理論研究の進歩にも貢献することを示唆している。しかし,伝統的な理論研究で用いられている厳密な実験研究の方法を,そのまま実践研究に適用するのは無理がある。なぜなら,教育実践は多数の変数が相互作用する複雑な現象であり,厳密な変数の統制は不可能だからである。したがって,理論研究と教育実践の橋渡しをするためには,従来の実験室研究やフィールド研究の限界を克服するための新たな研究法の開発が重要になるであろう。 →学習 →構成主義 →行動主義 →認知心理学 →発生的認識論 →発達心理学
〔森 敏昭〕
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教育心理学 (きょういくしんりがく)
目次 学問の位置 歴史 研究領域 研究方法 課題 教育に関する諸事実とそれらを規定している法則を心理学的に研究し,教育実践をはじめとする教育的諸活動とその条件の改善に役立つ知見や技術を整えていく学問。ただし教育心理学の定義はいまだ確定的でなく,人によって相当にニュアンス の異なる定義がなされる。研究内容としては,成長と発達,学習と学習指導,人格と適応,測定と評価を四大領域としてあげるのがもっとも一般的である。しかしこれも教育心理学の定義の仕方によって重点のおきかたにちがいがある。たとえば,その内容のほとんどすべてを学習と学習指導でみたした教育心理学の成書があるのはその一つのあらわれである。
学問の位置 教育心理学は,一般心理学を教育に応用する応用心理学の一つであるか,独自の理論と方法をもつ独立科学であるかをめぐって,これまで種々の議論がなされてきている。教育心理学はその初期において,一般心理学の成果のうち教育に関係するものを抽出して構成されたという面があり,前者のほうが歴史的に古くから存在する。これに対して後者は,教育心理学をその実践性と科学性を高めつつ発展させようとする努力の歴史のいわば必然的結果としてしだいに浮上し,形をなしてきたといえる。今後独立科学としての理論と方法はさらに洗練されていくと思われるが,一般心理学の成果の中には,これを創造的に適用するならば人間の諸能力と人格の形成という教育の営みの発展に寄与しうるものが多面的に含まれているので,これを適切に摂取することも不可欠である。
歴史 最初に教育心理学の成立の可能性と必要性を暗示したのはドイツの哲学者J.F.ヘルバルト であるといえよう。彼はJ.H.ペスタロッチの影響下で《一般教育学》(1806)を著すなどして教育学の体系化を試み,教育の目的は倫理学に,教育の方法は心理学にそれぞれ求めるという考え方を示した。ヘルバルトの時代は近代科学としての心理学自体が未成立だったから,その内容は観念的なものにとどまった。その後世界最初の心理学実験室をつくったW.M.ブント に実験心理学を学んだドイツのモイマンErnst Meumannが実験心理学と教育との結合を目ざして実験教育学を提唱,《実験教育学入門講義》(1907-14)を著すにいたって,教育心理学はその基礎を固めたといえる。この著書には児童の心身の発達をはじめ,個人差と知能検査,各教科における精神作業の分析などがとりあげられており,先にふれた四大領域にいずれ整理されていくような内容がすでにほぼ網羅されていた。他方アメリカでは,モイマンと同様ブントの教えを受けたG.S.ホール が児童の精神内容に関する研究成果を発表していわゆる児童研究運動child study movementを推進し,またキャッテルJames McKeen Cattellが《メンタルテストと測定》を著して教育測定運動の基礎をすえた。そして20世紀に入り,これらを背景としてE.L.ソーンダイク が教育心理学の体系化をはかった。彼は真の教育科学は帰納的でなければならないと主張し,とくに教育測定の方法や学習心理学の建設に努力しつつ《教育心理学》3巻(1913-14)の大著をまとめたのであった。本書は長い間アメリカの教育心理学の基本テキストとされた。フランスではA.ビネ が,19世紀末から20世紀初めにかけて知能検査の創案に結実するような心理学研究を旺盛に展開して教育心理学の成立に寄与し,ソビエトではL.S.ビゴツキー が唯物論の立場に立つ教育心理学の成立と発展に貢献した。全体としてみると,教育心理学は児童心理学,発達心理学,学習心理学などと深くかかわりをもちながら初期の発展をとげた。のちには精神分析学や精神病理学などの成果も導入しながら徐々にその独自の体系を築くにいたる。日本における教育心理学は明治中ごろからドイツ,アメリカなどの成果の翻訳ないし紹介の形をとって始められ,第2次大戦後はアメリカの教育心理学の影響を強く受けながら発展してきている。
研究領域 一貫して重視されてきたのが,(1)教育の対象である子ども・青年の成長・発達(精神発達 )の問題である。成長・発達の過程と段階の心理学的特徴を明らかにすることは,次に述べる学習の指導をはじめ教育活動にとって必須だからである。(2)学校教育においては学習 の指導がなんといっても中心的な実験課題であり,学習とその指導の過程を心理学的に研究し,教材,学習者,教授者,学習指導の方法および効果などの各要素の分析とそれらの相互作用についての研究が求められる。ソーンダイク以来のアメリカの教育心理学はこの領域に重点をおく伝統があるが,ソビエトの場合,これを重視するとともに,〈教授=学習のもとでの発達〉というように二つの領域をほとんどつねに統一的に扱おうとするところに特徴がある。(3)教育は子ども・青年の発達を考慮し,適正な学習指導を行って究極的には人間性の豊かな発達を目ざすものであるから,教育心理学が人格・パーソナリティの研究を位置づけてきたのも当然である。とくに近年では不適応の現象が多面的にみられることに刺激され,たんにパーソナリティの基礎研究だけでなく,精神の歪みや逸脱に対して臨床心理学的に迫る試みが増えている。(4)測定・評価の研究は,心理学的・数量的測定から教育的価値の判断を含む評価へという歴史的発展をとげながら,教育心理学独自のものとして進められてきた(教育評価 )。この領域は上記の三つの領域の全体にかかわり,知能・パーソナリティまたその発達,学習および他の場面で示される行動の測定と評価の方法・技術が研究される領域である。テストの開発と適用など教育心理学の中ではもっとも技術化が進んでいる領域である。教育心理学ではこれら4領域とならんで,集団の社会心理学的研究,学業不振児,種々の障害児の心理と教育なども扱う。
研究方法 一般心理学で用いられる諸方法の多くが教育心理学でも採用されている。すなわち実験法,観察法,質問紙法・面接法などの調査法,因子分析をはじめとするさまざまな統計技法などである。子どもの概念形成を実験的に研究するなどは実験法に属する。また子どもの発達過程とその法則の研究では観察法がよく用いられる。自然な生活場面での行動観察(自然観察),一定の条件を統制した場面での行動観察や特定の働きかけをした場合の行動の観察(組織的ないし実験的観察)などである。ただし,一般心理学における動物実験のように意図的に飢餓状態をつくりだしてこれとの関連で生ずる欲求や行動の変化を研究するなどは,当然のことながら避けられる一方,子どもの学力を高めると仮説されるいくつかの教授法を適用し,その効果を比較する実験教育(教育実験)法のように,教育心理学でとくに重視される方法もある。
課題 日本の教育心理学の歴史は外国の諸理論の導入にはじまり,その後も諸外国の動向の強い影響下で発展をとげてきた。そしてたいていの場合,そうした研究の成果を教育の場に適用するという方法をとってきた。ところが,もともと教育の過程は複雑な要因のからみあったダイナミックなものであるうえに,日本において独自に検討され蓄積されてきたすぐれた実践の内容・方法があるために,教育心理学の成果の適用はしばしば不成功に終わってきた。日本の教育心理学界で〈教育心理学の不毛性〉が教育心理学者自身によって論議されたことがあるのは,故なきことではないのである。今後期待されることは,日本の教育の現実とくに教育実践の事実に教育心理学者がもっと目を向け,事実に即して帰納的に研究を進められるよう実践者との協力共同を強化するなどして成果をあげていくことである。 執筆者:茂木 俊彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」 改訂新版 世界大百科事典について 情報
教育心理学 きょういくしんりがく educational psychology
学校、家庭での教育・訓育活動、そのもとでの児童・生徒の学習や活動およびその相互作用の結果として生じる子供の精神発達、人格形成の諸過程など、一般に教育過程・教育事象といわれる諸過程・諸事象について、心理学の方法で接近し、それらの諸過程の心理学的合法則性を明らかにし、そのことを通して、教育実践に貢献することを目標にしている心理学の一専門分野。心理学の他の専門分野、児童心理学、青年心理学、発達心理学、学習心理学、人格心理学と密接に結び付いており、広義には、これらの関連領域すべてを含めて教育心理学と定義する場合が多い。教育心理学は心理学の一専門分野であると同時に、教育哲学、教育社会学、教育方法学などとともに教育科学の一基礎科学分野を構成している。大学・大学院でその専門家養成の教育を行っているほか、将来教師になる者が履修する教職必修科目の一つになっている。
[天野 清]
そのおもな研究対象として、(1)幼児・児童・青年の各年齢期の子供の発達過程と、その期の発達的特質、(2)教科の指導法、教育プログラムの開発やそのもとでの子供の学習過程の分析、(3)教育、学習の評価法ならびに発達の診断法、(4)教育と子供の人格形成の過程、などがある。しかしそのほか、(5)学級集団等の子供集団、(6)児童文化、(7)教師と生徒の人間関係、(8)障害児の教育と発達、などもその対象に含まれる。
[天野 清]
教育心理学は、目的に応じていろいろな心理学的手法を用いる。その代表的なものとして次のものがある。(1)観察法(自然的観察法、系統的観察法、実験的観察法)、(2)実験法(自然的実験法、教育実験法、臨床的実験法、実験室的実験法等)、(3)検査(テスト)法(発達検査、学力検査、知能検査、適性検査等)、(4)面接法、(5)質問紙(アンケート)調査法。また、実験計画には、(1)横断法、(2)縦断法、(3)統制実験法などを用いる。
[天野 清]
心理学の知識を教育に役だてるという理念は、すでに17、18世紀の啓蒙(けいもう)思想にも認められるが、教育心理学が独立した科学として成立し始めたのは、19世紀後半から20世紀初頭である。そのころ、進化論の影響を受け、欧米各地で児童の発達について、プライヤー、ホール、ビューラー、ゲゼルらによって集中的な研究が開始されたことや、近代教育思想のもとでヨーロッパの各地で始まった実験学校での教育実験に心理学者が参画し、モイマンらによって実験教育学の研究が開始されたこと、さらにビネーによって知能テスト、キャッテルによって個人差の研究が行われ、教育測定が教育に利用され始めたことなどがその契機となった。しかし、初期の教育心理学は、たとえば、アメリカで長い間規準的な教科書として評価されたソーンダイクの『教育心理学』3巻(1913~1914)の例でもわかるように、心理学知識の応用の域を出ず、その対象も遺伝と環境、学習、個人差とその測定の問題に限られていた。しかし、その後、心理学の広範な領域での研究の発展、とくに児童・発達心理学の理論的・実証的研究の展開(ピアジェ、ワロン、ビゴツキーら)や、学習心理学、教授・学習研究の発展(スキナー、ブルーナーら)、社会・集団心理学、人格心理学の展開と結び付き、しだいに理論・方法が整備され、独自の課題を追究する今日の教育心理学が確立した。
[天野 清]
日本の教育心理学は、明治の中ごろ欧米の理論を取り入れる形で出発した。大正から昭和10年代にかけ、児童心理、学習、教育測定の研究が盛んに行われるようになったが、第二次世界大戦時には、軍国主義体制下で一時中断、戦後になって急速に発展し、研究者も飛躍的に増大した。研究者の学会は非常にたくさんあるが、そのなかでもっとも代表的な学会(団体)として「日本教育心理学会」(1959年創立、会員2011年3月末時点で7056名)がある。その研究成果は、毎年開催される学会総会や、機関誌『教育心理学研究』(年4回発行)、『教育心理学年報』(年1回発行)などで報告されている。
[天野 清]
『波多野完治他監修『学習心理学ハンドブック』(1968・金子書房)』 ▽『藤永保・三宅和夫編『教育心理学』上下(1978・有斐閣)』 ▽『日本教育心理学会編『教育心理学ハンドブック』(2003・有斐閣)』 ▽『ヴィゴツキー著、柴田義松・宮坂琇子訳『ヴィゴツキー 教育心理学講義』(2005・新読書社)』
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教育心理学【きょういくしんりがく】
教育に関する心理学的問題の研究と解明にあたる一学問分野。扱う課題としては,精神発達の過程や機制の究明(特に発達と教育との関係),思考や学習の研究とその教育現場への適用,教授方法や過程の研究,教育評価 ・各種テストの研究,教師や生徒の性格の問題,カウンセリング等がある。 →関連項目教育学 |行動療法 |児童心理学 |ソーンダイク
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教育心理学 きょういくしんりがく educational psychology
教育過程に関する心理学の一部門。教育心理学を一般心理学の教育への単なる応用とする立場と,単なる応用学ではなく教育という現実のなかで心理学的に問題を求めその独自の方法を追究し,たえず自己評価していく独立の体系であるとする立場とがある。その内容はきわめて広範であり,成長と発達,学習,カリキュラム,人格と適応,測定と評価をはじめ,学級,教師と児童との関係などの人間関係をも取扱い,さらにカウンセリング やガイダンス などを含む診断と治療の面にまで及んでいる。
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世界大百科事典(旧版)内の 教育心理学の言及
【教育心理学】より
…教育に関する諸事実とそれらを規定している法則を心理学的に研究し,教育実践をはじめとする教育的諸活動とその条件の改善に役立つ知見や技術を整えていく学問。ただし教育心理学の定義はいまだ確定的でなく,人によって相当にニュアンスの異なる定義がなされる。研究内容としては,成長と発達,学習と学習指導,人格と適応,測定と評価を四大領域としてあげるのがもっとも一般的である。…
【ソーンダイク】より
…1899年コロンビア大学の講師になり,動物についての研究を基礎としながら人間の学習,教育についての研究を深めた。とくに〈訓練の転移〉に関する理論は彼の教育心理学の土台になったし,テストに関する研究は教育の客観的な測定のために大きく貢献した。知能テストの作成,学習の動機づけなどについての研究は,日本の教育心理学研究の前進にも寄与した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」