散切物(読み)ざんぎりもの

精選版 日本国語大辞典 「散切物」の意味・読み・例文・類語

ざんぎり‐もの【散切物】

  1. 〘 名詞 〙 明治初期に行なわれた歌舞伎世話狂言一種で、散切頭の人物が登場するところからいう。維新後の洋服姿新聞銀行などの新風俗を取り入れた世相劇、風俗劇で、河竹黙阿彌が五世尾上菊五郎のために書いたものが多い。「島鵆月白浪」「勧善懲悪孝子誉」など。また、それにならって作られた演劇映画などもいう。散切狂言。〔モダン辞典(1930)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「散切物」の意味・わかりやすい解説

散切物 (ざんぎりもの)

歌舞伎狂言の一系統。明治初年の新風俗を採り入れた世話物で散切狂言ともいう。断髪廃刀の自由が認められたのは1871年(明治4)8月で,旧幕時代からの丁髷(ちよんまげ)を切って散切頭が現れはじめた。同時に西欧からの新しい文物が入ってきて服装,持物なども変化した。こうした新風俗の人物が登場する歌舞伎作品を〈散切物〉といった。その最初の作は中村正直訳《西国立志編》中の挿話を佐橋富三郎が脚色した《鞋補童教学(くつなおしわらべのおしえ)》と《其粉色陶器交易(そのいろどりとうきのこうえき)》で,72年11月京都で初演された。東京では翌年11月守田座初演の河竹黙阿弥作《東京日(にちにち)新聞》が最初である。9世市川団十郎が推進した活歴劇運動との対抗上5世尾上菊五郎が散切物の上演に熱心であった。すぐれた作は河竹黙阿弥のものが多く,代表的作品に《人間万事金世中》《綴合於伝仮名書(とじあわせおでんのかなぶみ)》(ともに1879),《霜夜鐘十字辻筮(しもよのかねじゆうじのつじうら)》(1880),《島鵆月白浪(しまちどりつきのしらなみ)》(1881),《水天宮利生深川》(1885),《月梅薫朧夜》(1888)などがあげられる。これらの作品は作中に新しい風俗,用語などが採り入れられている点はたしかに目新しいが,作劇上は旧来の歌舞伎世話物の手法をそのまま踏襲しており,思想上でもやはり旧幕世話物の域を出ず,新時代劇ないしは現代劇とはなりえなかった。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「散切物」の意味・わかりやすい解説

散切物
ざんぎりもの

歌舞伎(かぶき)脚本用語。世話物のうち、明治初期の新しい世相、風俗を背景にした作品。維新以後の文明開化の象徴として、1871年(明治4)の散髪令で生まれた散切頭の人物が登場するので、この名がある。72年11月、中村正直(まさなお)訳の『西国立志編(さいごくりっしへん)』を佐橋富三郎が脚色した『鞋補童教学(くつなおしわらべのおしえ)』『其粉色陶器交易(そのいろどりとうきのこうえき)』をそれぞれ京都南側と北側の芝居で上演したのが初めで、東京での最初は翌年11月守田座上演の河竹黙阿弥(もくあみ)作『東京日(にちにち)新聞』。その後も黙阿弥が主として5世尾上(おのえ)菊五郎のため、『富士額男女繁山(ふじびたいつくばのしげやま)(女書生)』『霜夜鐘十字辻筮(しもよのかねじゅうじのつじうら)』『木間星箱根鹿笛(このまのほしはこねのしかぶえ)』『島鵆月白浪(しまちどりつきのしらなみ)』『水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)(筆幸)』などの名作を執筆。黙阿弥の門弟たちもいくつか書いたが、これら散切物は新風俗の外形を写すだけで、作劇法や演出は旧来の世話狂言と変わらなかったので、1900年(明治33)以降は新しく勃興(ぼっこう)した新派劇に座を奪われて廃れた。

[松井俊諭]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「散切物」の意味・わかりやすい解説

散切物
ざんぎりもの

歌舞伎世話狂言の一種。帯刀が廃止され,丁髷 (ちょんまげ) を散切頭に改めた文明開化の明治の世相を風俗的に取入れたもの。明治5 (1872) 年中村敬宇訳『西国立志編』 (原作 S.スマイルズ"Self-Help") を脚色した『鞋補童教学 (くつなおしわらべのおしえ) 』 (南の芝居) ,『其粉色陶器交易 (そのいろどりとうきのこうえき) 』 (北の芝居) の2作を京都で競演したのが最初。東京では翌年,河竹黙阿弥が新聞の雑報に取材した『東京日 (にちにち) 新聞』を手始めに『人間万事金世中』『綴合於伝仮名書 (とじあわせおでんのかながき) 』『島鵆月白浪 (しまちどりつきのしらなみ) 』その他二十余の狂言を書き,多くを5世尾上菊五郎が主演した。七五調のせりふに竹本 (ちょぼ) が入るという従来の生世話物の形式そのままで,ここから現代劇が生れることはなかった。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「散切物」の解説

散切物
ざんぎりもの

歌舞伎戯曲のうち,散切頭に象徴される明治維新以後の新風俗に取材したもの。1872年(明治5)京都で中村正直訳「西国立志編」が脚色されたことに影響をうけ,翌年河竹黙阿弥は「東京日(にちにち)新聞」を書き,以後20余編の散切物を残す。同時に97年頃までに関西でも散切物が流行した。当世の風俗を写すのが現代劇である世話物の使命であったが,これらは旧来の歌舞伎の手法をでず,結局歌舞伎の古典化を招くこととなった。

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百科事典マイペディア 「散切物」の意味・わかりやすい解説

散切物【ざんぎりもの】

歌舞伎脚本のうち明治期を背景とした世話物のこと。散切物とも。散切頭の人物が登場する脚本の意味。《島鵆月白浪(しまちどりつきのしらなみ)》(1881年初演)などが代表作。
→関連項目河竹黙阿弥

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旺文社日本史事典 三訂版 「散切物」の解説

散切物
ざんぎりもの

歌舞伎で明治時代以後の新風俗に題材をとった新しい世話物のこと
断髪した役者が演じたのでこういわれた。河竹黙阿弥の『島鵆月白浪 (しまちどりつきのしらなみ) 』『水天宮利生深川』などを5代目尾上菊五郎が演じた。皮相な世相・流行を追うのみで,内容は古い物語と変わらなかった。

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世界大百科事典(旧版)内の散切物の言及

【歌舞伎】より

…〈活歴〉とは〈活きた歴史〉の意味で,かつてのような類型化された人物創造を廃し,性格や心理描写に力を入れた。一方,5世尾上菊五郎を中心に,従来の世話物の方法を用いながら,明治の新社会の世相や風俗を写そうとする〈散切物(ざんぎりもの)〉が生まれた。黙阿弥が筆を執ったのである。…

※「散切物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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