イギリスの社会思想家S.スマイルズの《Self-Help》(1859)を中村正直が1871年(明治4)に翻訳出版した書物11冊。勤勉,忍耐,節約といった美徳を涵養して人生を切り開くことを説く。〈天は自ら助くるものを助く〉という冒頭の言葉が示すように,自助努力の効用に対する楽天観があったため,没落した士族の子弟をはじめとして青少年に多大な感銘と影響を与えた。総発行部数は100万部以上といわれ,明治期をとおして広く読まれた。社会的栄達の方法を説くことを直接の目的とはしていなかったが,〈立身出世〉の手引書として読まれる傾向があり,本書をまねて成功の秘訣を記した書物が多数出版された。青少年の上昇意欲を喚起することで,本書は近代日本の発展の精神的支柱となった。ただ,本書の説く美徳は,独立営業者を念頭においていたので,社会内の官僚制化の進行と大規模産業の出現によって,時代に適合しないものになっていった。
執筆者:坂本 多加雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中村敬宇(けいう)(正直(まさなお))によるスマイルズの『自助論』Self Help(1859)の翻訳。1870~71年(明治3~4)刊。11冊。福沢諭吉の『西洋事情』と並ぶベストセラーで、発行部数は総計100万部を下らないという。明治天皇の進講のテキストになり、小学校の修身教科書に用いられた。本書は、イギリス民衆に日常生活における自立を訴えるために、多くの人々の逸話的小伝記を集めたものであり、敬宇の漢文書き下しの名文によって、自立の主張が初めて西洋文明に触れた当時の日本人に感動を与えたといえよう。これは自由民権論にも影響を与えたが、のちには社会改革の要素が薄れ、立身出世のための勤勉、忍耐、辛苦の徳目の書とみなされ、立志物の氾濫(はんらん)を呼び起こしていく。
[広田昌希]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
中村正直の訳書。1870~71年(明治3~4)刊。13編11冊。S.スマイルズの「自助論」(1859刊)の全訳。底本は幕府のイギリス留学生取締だった中村が,帰国時にイギリスの友人から贈られた67年改訂版。小伝記を集成して「天ハ自ラ助クルモノヲ助ク」という市民社会の道徳を説いた本書は,明治初期の青少年に多大な影響力をもち,「西洋事情」後の必読の書となったが,しばしば立身出世の文脈で読まれた。漢語への重訳がある。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…彼の著書の基礎にある人生哲学は,金も地位もない人間でも,他人に頼らず独力で勤勉と節約によって出世できるという,まさに19世紀イギリスの典型的処世術であった。これがもっともよく示されているのが代表作《自助論Self‐Help》(1859)で,ベストセラーとなり諸外国で翻訳され,日本でも1871年(明治4)いちはやく《西国立志編》として翻訳され,多くの青年を力づけた。ほかに《人格論》(1871),《節約論》(1875)などがあるが,今日ではあまり高く評価されていない。…
…翌年静岡北郊の大岩村の屋敷に私塾同人社を営んだ。そのころよりサミュエル・スマイルズの《Self Help》を訳しはじめ,71年《西国立志編》として刊行し,72年にはジョン・スチュアート・ミルの《On Liberty》を《自由之理》として訳刊した。前者は近代国家形成期の広範な明治青年の精神的よりどころとなって愛読され,後者はとくに青年知識人の必読書となり,河野広中は本書によって自由民権思想に目が開かれたというほど,両書は強い影響を与えた。…
…1859年S.スマイルズの《自助論》が出版され,爆発的な売行きを示したが,〈自助self‐help〉こそは,彼らの生活のモットーであった。この《自助論》は71年(明治4)に中村正直によって《西国立志編》として邦訳され,明治期の青年たちを鼓舞した。繁栄期のもう一つの特色は,工業化と都市化が生活の場としての職場と消費の場としての家庭を分離させ,家庭が社会生活の重要な単位となったことであった。…
※「西国立志編」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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