風俗劇(読み)ふうぞくげき

改訂新版 世界大百科事典 「風俗劇」の意味・わかりやすい解説

風俗劇 (ふうぞくげき)

ある時代に固有の風俗習慣に密着した演劇を指す。したがって,それは民族国家,地域などの差によりきわめて種々雑多な形態をもち,悲劇喜劇といったような明確なジャンル的識別は困難である。たとえば古代ギリシア劇やシェークスピア劇,さらには現代の最も先端的な前衛劇にさえ,風俗劇的要素を含んでいる場合がある。それを風俗劇と呼ばない理由は,そこに描かれた風俗があくまでも単なる背景にとどまっているからである。しかし風俗そのものが劇化される場合はむしろまれであり,やはり人間関係の葛藤を軸にして,そこに当時の風俗が深く反映し,それに登場人物が操られるような演劇を風俗劇と称する。

 過去の風俗を描いた戯曲はもちろん存在するが,風俗劇の主流はなんといっても同時代風俗劇,それも喜劇であることが圧倒的に多い。このことは,たとえばフランス古典主義演劇において,喜劇のみに同時代風俗を取り入れることが許されていた事実と符合する。風俗劇の伝統は,イギリスの風習喜劇comedy of mannersと,フランスの風俗喜劇comédie de mœurs--さらにそれを軸とするいわゆるブールバール劇--を中心に維持されており,前者ではコングリーブシェリダン,ワイルド,ラティガン,カワード,後者ではモリエール,スクリーブ,サルドゥ,フェードー,パニョル,ルッサンといったウェルメード・プレー(〈手際のよい〉作品)の作家たちの系列が考えられる。日本では近松を代表とするいわゆる世話物の伝統が風俗劇の範疇に属する。いずれの場合でも,風俗劇の隆盛ブルジョアジーの成熟と不可分であり,演劇が市民の娯楽の主流であった時期と符合する。

 その手法は写実的で,主題はもっぱら男女の葛藤や金銭問題などであるが,こうした月並みなテーマを芝居としておもしろく見せるところに風俗劇作家の手腕がある。そのために作者はしばしば人物をロボット化し,非現実的な状況のなかに人物を閉じ込める。これが機械化した人間を風刺する今日の先端的な演劇,たとえば不条理劇との類似性を生む理由である。風俗劇は浮沈が激しい。風俗や習慣は時間とともに古び,色あせるからである。演劇そのものの根底が問われている現在,風俗劇は単なる添えものとして無視されがちである。しかし人間が笑う動物であるかぎり,演劇を再活性化させる一要素として,風俗劇は今後もその存在理由を失うことはないであろう。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の風俗劇の言及

【フランス演劇】より


【中世――宗教劇と世俗劇】
 中世フランスは,ヨーロッパの中でも,宗教劇・世俗劇ともに隆盛を見た地域だった。宗教劇は,10世紀にキリスト降誕祭と復活祭の典礼にラテン語による対話を加えた教会堂内での典礼劇に始まり,12世紀後半のフランス語のみによる準典礼劇(《アダンの劇》等)を経て,13世紀には北フランスのアラスに代表される新興商工業都市の,町民階級自身の知識人による風俗劇的要素の濃い劇作術を生み(《アラスのクルトア》,J.ボデル《聖ニコラ劇》,リュトブフ《テオフィルの奇跡劇》等),最後に,14世紀以降,16世紀中葉を絶頂とする〈聖史劇(ミステールmystère)〉に結実する。ゴシック時代の都市を挙げての一大祝典劇であるこれら大聖史劇は,受難信仰とともに〈受難劇(パッシヨンpassion)〉として,次いでパリを中心にした聖母信仰の隆盛とともに〈聖母奇跡劇miracle de Notre‐Dame〉として流行し,ともに専門の上演組合をもち,1402年には最初の常設劇場さえできた。…

※「風俗劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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