歌舞伎狂言。世話物。3幕。河竹黙阿弥作。通称《筆屋幸兵衛》。1885年2月東京千歳座初演。配役は船津幸兵衛・小天狗要次郎を5世尾上菊五郎,車夫三五郎・荻原正作を初世市川左団次,山岡富三郎を片岡我童(のちの10世仁左衛門),小雛を4世沢村源之助ほか。新劇場千歳座開場のさい書き下ろされた作で,近くにある水天宮の利益を利かせ,作者が実見した明治新時代の社会悲劇をとりこんで脚色したもの。士族船津幸兵衛は生活に窮し,妻に死に別れ,2人の娘と赤子を抱えもらい乳をしながら筆を売って生計をたてている。ある日剣術指南の荻原正作の家で乳をもらい金銭も恵まれて帰ったが,それも金貸因業金兵衛に過酷にとり立てられてしまう。そのため幸兵衛はついに発狂し水天宮へ奉納の碇(いかり)の額をもって深川の海へ身を投げる。ところがこの額のご利益で助かり狂気もなおる。そのうえ荻原の援助や新聞報道によって寄せられた世間の同情により幸兵衛は更生する。一方,盗賊の小天狗要次郎は吉原の遊女小雛と馴染み,金に窮して質屋山岡富三郎方へ押し入る。居合わせた荻原にとり押さえられ,さらに正作の弟と判明,要次郎は改心する。しかし世間の手前,正作は弟を警察へ引き渡す。二幕目〈幸兵衛狂気の場〉に清元順三郎(のちの2世清元梅吉)作曲の清元《風狂(かぜにくるう)川辺の芽柳(めやなぎ)》(通称《筆幸》)を用い,菊五郎の写実的演技で好評をえた。新聞,警察などの新時代の社会相を巧みにとりこんだ風俗劇としても興味がもてる。散切物(ざんぎりもの)の一つ。
執筆者:林 京平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。3幕。河竹黙阿弥(もくあみ)作。1885年(明治18)2月東京・千歳座(ちとせざ)で5世尾上(おのえ)菊五郎が初演。明治維新後の新世相を写した「散切物(ざんぎりもの)」で、没落した旧士族の筆売り幸兵衛に盗賊小天狗(こてんぐ)要次郎を絡ませた作だが、幸兵衛のくだりだけが後世に残った。通称「筆幸(ふでこう)」。維新によって扶持(ふち)を失った船津幸兵衛は妻に死別、盲目の娘を頭に3人の子を抱え、筆を売り歩いて貧しい暮らしを送っていたが、因業な金貸しに責めたてられたあげく心に異常をきたし、乳飲み子を抱いたまま入水(じゅすい)するが、日ごろ信ずる水天宮の利生(りしょう)により助かって正気に戻り、情けある人々の親切で暮らしも立ち直る。作者が実見した光景に取材したといわれるだけに世相の描写に優れ、ことに余所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)の清元(きよもと)『風狂川辺(かぜにくるうかわべ)の芽柳(めやなぎ)』を悲惨な場面に使い、はでな旋律で逆に哀感を浮き出した手法が傑出。幸兵衛の役は5世から受け継いだ6世菊五郎が写実芸の極致を示し、近年は17世中村勘三郎が得意芸にしていた。
[松井俊諭]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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