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新科学講話 しんかがくこうわ

百科事典マイペディアの解説

新科学講話【しんかがくこうわ】

《新科学対話》とも。詳しくは《機械学と場所運動に関する二つの新科学についての講話と数学的証明》。宗教裁判に服し軟禁状態にあるガリレイが1638年に教皇庁の権力の及ばない新教国オランダのライデンで出版。
→関連項目天文対話

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世界大百科事典 第2版の解説

しんかがくこうわ【新科学講話】

《天文対話》とならぶG.ガリレイの主著。1638年に出版された。正式の題名は《機械学と場所運動に関する二つの新科学についての講話と数学的証明Discorsi e dimostrazioni matematiche intorno a due nuove scienze attinenti alla meccanica ed ai movimenti locali》であるが,長すぎるために通常《新科学講話》,あるいは《新科学対話》と呼ばれることが多い。

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世界大百科事典内の新科学講話の言及

【科学教育】より

…そこで,近代初期の科学者たちは,その発見をまず知的好奇心をもつ一般の人々に知らせてその支持を得ようとした。ガリレイがその天文学や力学上の諸発見を発表した《天文対話》(1632)や《新科学講話》(1638)は,啓蒙的,教育的な性格を備えており,当時の国際的な学問用語のラテン語でなく,イタリア語で書かれていた。ニュートンの《プリンキピア》(1687)は例外だが,ニュートンの《光学》(1704)やラボアジエの《化学要論》(1789)が英語,フランス語で書かれたのも,教育,啓蒙と研究の一体感の現れである。…

【ガリレイ】より

…しかし《天文対話》は時の教皇ウルバヌス8世の忌諱(きい)に触れ,翌年彼は異端審問所から断罪され,地動説を誓絶させられた。この結果彼はフィレンツェ郊外のアルチェトリに蟄居(ちつきよ)させられたが,その旺盛な研究への情熱はほとんど衰えを見せず,38年には静力学と動力学の成果について体系的に論じた《新科学講話》を教皇庁の権力の及ばない新教国オランダから出版した。この著作は,その後ニュートンの《プリンキピア》(1687)が現れるまで,近代的な力学研究に関する最も重要な著作としてたえず参照されることになった。…

【数学】より

…彼は自然科学は実験と数理にもとづくべきで,権威によるべきではないと主張した。彼の晩年の著《新科学講話》(1638)は,新しい力学の基礎を定めたものとしてとくに重要である。ケプラーやガリレイの活動したのは,17世紀に入ってからであった。…

※「新科学講話」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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