施福寺(読み)せふくじ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

施福寺
せふくじ

大阪府和泉(いずみ)市槇尾山(まきおさん)町にある天台宗の寺。山号は槇尾山。槇尾寺、観音(かんのん)堂、仙薬院とも称される。本尊は弥勒菩薩(みろくぼさつ)。西国(さいごく)三十三所第4番札所。寺宝の「槇尾山大縁起」(国重要文化財)によれば、欽明(きんめい)天皇の勅により行満上人(ぎょうまんしょうにん)創建になる真言(しんごん)宗の古寺で、空海は僧正勤操(ごんそう)を戒師としてこの寺で得度したという。以後朝廷の保護厚く、916年(延喜16)には定額(じょうがく)寺の宣旨(せんじ)が下され三綱(さんごう)が置かれた。最盛時は800の坊舎、寺領3700石を有したというが、南北朝内乱で南朝方にくみし、以後衰退した。織田信長の兵火で焼失、のち豊臣(とよとみ)秀吉により、さらに江戸初期に徳川氏の援助によって堂舎が再興され、寛永(かんえい)年間(1624~44)以前に天台宗に改宗した。境内の経塚遺跡から、平安から室町期にかけての経筒などが出土している。[中山清田]

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精選版 日本国語大辞典の解説

せふく‐じ【施福寺】

大阪府和泉市槇尾山町にある天台宗の寺。山号は槇尾山。もと真言宗。欽明天皇の勅願により行満が創建したと伝えられる。のち空海が修行し得度した。天正九年(一五八一)織田信長に焼かれたが江戸初期に再建。西国三十三所の第四番札所。観音堂。巻(槇)尾寺(まきおでら)

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