日本大百科全書(ニッポニカ)「日米地位協定」の解説
日米地位協定
にちべいちいきょうてい
正式には「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」。「米軍地位協定」または単に「地位協定」といわれることもある。1960年(昭和35)1月19日調印、6月23日発効。全文28か条のほか、交換公文および合意議事録が付属している。合衆国軍隊の使用に供する施設・区域の決定手続、民事および刑事の裁判権・課税・出入国管理に関する合衆国軍隊およびその構成員の特権と免除、調達・交通・通信・公益事業における合衆国軍隊への便宜の提供などについて詳しい規定が設けられている。この協定は旧日米行政協定、すなわち「日米安全保障条約第3条に基く行政協定」(1952年2月28日調印、4月28日発効)を継承したもので、その内容にも大きな差異はない。もっとも、行政協定が行政府だけの責任で締結されたのに対し、地位協定は、批准条項に基づき両国議会の承認手続を経て批准書の交換が行われた。協定実施のための協議機関として、日米両国代表各1名で構成される日米合同委員会が設けられている(25条1・2)。実際には日本側は外務省北米局長、米国側は在日米軍司令部副司令官が構成員となり、防衛施設庁長官や在日米軍参謀長らが参加する。合同委員会で解決されない問題は、政府間の交渉に移されることとされている(同条3)。協定は、在日米軍の地位およびその使用する施設・区域に関する規定を含み、それだけに国民生活と直接に接触する局面が多い。
[石本泰雄]
区域等の設定
第一に、日米安全保障条約で、米軍は、日本の領域において、施設および区域の設定・使用を認められている(条約6条)が、それらの具体的な特定は、条約または地位協定によって行われているのではなく、日米合同委員会を通じての両国の合意によって行われる(協定2条1a)。さかのぼれば、第二次世界大戦後の占領中に使用されていた施設・区域も、両国の合意として引き継がれている(2条1bおよび1952年の岡崎・ラスク交換公文)。もっとも、不必要となった施設・区域は、返還されるべきものとされている(2条3)。国内法としては「駐留軍用地特別措置法」があり、用地の使用期限後も、収用委員会の審議中は使用の継続を可能とする同法の改正も行われている(1997年4月)。米軍は、施設・区域を使用し、管理運営し(3条1)、警察権を行使することができる(17条10a)。のみならず、出入の便宜のため近傍領域で必要な措置をとることもできる(いわゆる「路線権」3条1)。周知のように、施設・区域は沖縄に集中し、そのためさまざまの「基地問題」が生じている。1995年(平成7)11月には、日米両国政府間で、局長級の臨時の「沖縄に関する特別行動委員会(沖縄日米特別行動委員会)」(SACO)が設置され、翌1996年12月に、その最終報告が提出された。これには一定の条件の下での普天間(ふてんま)飛行場、北部訓練場など11の施設・区域の整理・統合が含まれている。もっとも、その完全な実現には多くの困難がある。
[石本泰雄]
「思いやり予算」
第二に、地位協定は、日本が米軍にさまざまの点で協力すべきことを定める。米軍の設備、財産、公務上の情報などの安全・保護のための必要な立法(刑事特別法)その他の措置をとること(23条)のほか、航空交通管理・通信の体系において協力することが約束され(6条1)、公益事業および公共の役務に関して米軍に利用優先権が与えられること(7条)、気象業務内容を米軍に提供することも規定(8条)されている。また米軍に必要な物資および労務の調達に関する規定(12条)も置かれている。新たな日米防衛協力のためのガイドライン(日米防衛協力のための指針)に関連して1999年5月に成立した「日本国の自衛隊とアメリカ合衆国軍隊との間における後方支援、物品又は役務の相互の提供に関する協定を改正する協定」(いわゆる日米物品役務相互提供協定ACSA改正協定)は、その非常時版である。米軍の駐留に伴う経費は、施設・区域の無償提供のほかは、日本側に負担をかけないで、米国が負担すべきものとされている(地位協定24条1・2)。もっとも、1978年度からは米軍従業員の労務費の一部を日本側が負担することとなり、その後、負担範囲は広がり、負担額も増加していった(いわゆる「思いやり予算」)。1987年には日米地位協定の特則を定める「在日米軍駐留経費負担特別協定」を締結して増額を続け、1999年度には歳出ベースで2756億円に達した。しかし、日本の財政悪化などから、以降は減少している。
[石本泰雄]
米軍の治外法権
第三に、地位協定は、日本における米軍の治外法権をかなりの範囲で認めている。米軍の構成員・家族・軍属は、出入国管理と外国人の登録・管理の外におかれ(9条)、米国の公の船舶・飛行機は、自由に日本の港・飛行場に出入することができる(5条)。米軍構成員・軍属の犯罪で、もっぱら米国の財産もしくは安全のみに対する罪、またはもっぱら米軍構成員・軍属・それらの家族の身体もしくは財産のみに対する罪、公務執行中の行為または不作為から生じる罪を犯した者については、米軍当局が第一次裁判権を有し、この裁判権が行使されたときには、日本国はその事件について裁判権を行使することはできない(17条3)。施設・区域内では、警察権は米軍によって行使されるのであり(17条10)、たとえ日本側に裁判権のある場合でも、起訴されるまでは身柄は引き渡されない(17条5c)。この条項に関連して、1995年9月に起きた米兵の女子小学生に対する暴行事件(沖縄米兵少女暴行事件)に端を発し、地位協定の見直しが連立与党でも問題とされた。しかし、日米両国政府は、協定の見直しには踏み込まず、合同委員会で、刑事裁判手続の「運用」見直しをすることとし、「殺人又は強姦(ごうかん)という凶悪な犯罪」で、日本側が起訴前に容疑者の身柄引渡しを要求した場合には、米軍は原則としてこれを引き渡すことが合意された(この事件では、1996年3月に那覇地裁で3人の被告に懲役刑の実刑判決が言い渡された)。民事裁判権については、公務執行中の米軍構成員・被用者(日本国籍をもつ者を除く)によって与えられた損害から生じる請求は、自衛隊の行動から生じる請求と同じように日本国によって解決される(18条5)ものとし、その費用は米日両国により、所定の比率で分担される(18条5e)。これらの者は、公務の執行から生じる事項については、日本の判決の執行手続には服さない(18条5f)。また米軍およびその構成員・家族は、広い範囲で日本の課税権からの免除を認められている(11~15条)。そのほか、外国為替管理上の特例(19条)、通貨体系における特例としての軍票の使用(20条)、自動車運転免許制の特例(10条)なども規定されている。
[石本泰雄]
その後の動き
1995年の米兵による暴行事件以後も、2016年(平成28)に沖縄県で米軍属が殺人強姦致死罪で起訴されるなど米軍構成員・軍属による事件が後を絶たず、とくに軍属の定義が米軍の裁量に任されていてあいまいであるなどの問題があった。このため2017年1月、日米地位協定で米軍が第一次裁判権をもつ軍属について、その範囲を明確化する補足協定が発効した。同協定では「日米合同委員会が作成する種別に従って軍属を認定する」と定め、(1)米政府予算で雇用される文民、(2)米政府の歳出外資金で雇用される文民、(3)米軍が運航する船舶などの文民乗組員、(4)米軍に福利厚生サービスなどを提供する機関の被雇用者、(5)米軍以外の米国政府の被雇用者、(6)米軍が契約する企業の被雇用者、(7)軍用銀行の被雇用者、(8)合同委でとくに認められた者、の8項目に分類。米軍の契約企業の被雇用者については「米軍の任務に不可欠」「高等教育などを通じて技能または知識を取得」といった五つの適格性基準を設け、軍属認定に疑義があれば日本政府から提起して協議が可能となった。補足協定は法的拘束力をもつ文書で、約7300人(2016年末時点)いるとされる軍属の範囲を縮小し、日本側に第一次裁判権が移る余地が生まれるとの見方がある。また、一貫して地位協定の運用改善で対応可能としてきた日本政府が、地位協定の見直しへ一歩踏み込んだと評価する声もある。一方で、軍属を認定審査するのはあくまで米軍であり、再発防止にどこまで実効性をもつかは疑問であるとの指摘もある。なお補足協定が発効するのは、在日米軍基地に日本側の立入調査を認めた2015年9月の環境補足協定に次ぎ2例目である。
[矢野 武 2017年7月19日]