日本大百科全書(ニッポニカ)「防衛省」の解説
防衛省
ぼうえいしょう
日本政府における省レベルの行政機関の一つ。国家行政組織法および防衛省設置法に基づき設置されている。2007年(平成19)、前身の防衛庁(Defense Agency)から防衛省(Ministry of Defense)へと昇格、設置された。略称MOD。日本の「平和と独立を守り、国の安全を保つ」(防衛省設置法、第3条第1項)ことを最大の目的としており、そのため陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の管理・運営に責任を負う。内閣の閣僚であり文民である防衛大臣の管轄下に置かれている。
防衛省は、その起源を1950年(昭和25)に設置された警察予備隊本部にまでさかのぼることができる。第二次世界大戦後、日本は、陸軍、海軍が解体され非武装の状態にあったが、朝鮮戦争(1950~1953)の勃発(ぼっぱつ)を契機に警察予備隊が創設され、その管理・運営を担う行政組織として警察予備隊本部が設置された。警察予備隊は、内閣総理大臣を最高指揮官とし、それを監督する警察予備隊本部は、当時の総理府(現在の内閣府の前身)の外局として設置された。警察予備隊の後期には、担当の国務大臣が置かれた。警察予備隊は、その後、1952年に保安庁に、1954年には防衛庁に改組移行したが、内閣総理大臣による直接の監督のもと、担当の国務大臣を置き総理府(のち内閣府)の外局の行政機関として位置づけられるかたちは、保安庁、防衛庁時代まで続いた。2006年、防衛庁を防衛省に昇格させる法案が国会で可決、2007年、防衛省となった。この結果、防衛省は、内閣府の外局を離れ、内閣の閣僚である防衛大臣を長とする11ある省レベルの行政機関となった。しかし、引き続き、実戦部隊である自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣である。このように、防衛省は、その前身である警察予備隊、保安庁、防衛庁を含め、内閣総理大臣と担当国務大臣による厳格な文民統制(シビリアン・コントロール)のもとに置かれている。
防衛省と自衛隊の関係は、とくに、この部分は防衛省で、この部分は自衛隊と区別されているわけではない。基本的に両者は同一の組織のことをさしており、「防衛省・自衛隊」と表現されることも多い。防衛出動、災害派遣、国際平和維持活動など実際の任務を実施する部隊や組織という側面に着目すると自衛隊とよばれることが多く、その自衛隊の管理・運営を行う行政機関としての機能に着目すると防衛省とよばれることが多い。防衛省において勤務する職員は、(1)制服を着た自衛官(「制服組」とよばれる場合もあり、国際的には軍人として認識される)と、(2)事務官とよばれる文官職員(「背広組」とよばれる場合もある)におもに分けられる。事務官は自衛官ではないが、自衛官とともに自衛隊員であり防衛省職員である。
防衛省は、国務大臣である防衛大臣を長とし、1人の副大臣と2人の政務官によって政治レベルの補佐が行われる。警察予備隊から保安庁、防衛庁、防衛省(2019年現在)までの約70年の間、約90人(計算方法により多少、数が変わる)の国務大臣がこの行政機関の長を務めてきた。単純計算すると平均在任期間は1年を切る。これは、諸外国の国防担当大臣の在任期間と比べ著しく短い。防衛省には、内部部局(通称「内局」)とよばれる、諸外国では珍しい文官の事務官を主体とした組織が存在しており、文官の官僚組織が、おもに自衛官によって構成される統合幕僚監部、陸上幕僚監部、海上幕僚監部、航空幕僚監部とは別に防衛大臣に対する補佐を行う。内局は、長らく、統合幕僚監部、陸海空幕僚監部の上位に位置し、防衛政策の基本方針の策定や予算の提出権限、陸海空自衛官の上級幹部に対する人事権をもつなど、「背広組」(文官官僚)が「制服組」(自衛官)を統制する役割を果たしてきた。これは「文官統制」とよばれ諸外国の国防省等ではみられない日本独特の制度である。こうした「文官統制」が生まれた経緯については、警察予備隊から防衛庁・自衛隊の創設にかかわった旧内務省官僚が、当時は、「シビリアン・コントロール」ということばや概念について、その意味するものを正確に理解していたわけではないと述べており、誤った文民統制の理解が「文官統制」につながったという指摘がある一方、第二次世界大戦の戦前、戦中、陸軍を中心とした軍部に辛酸をなめさせられてきた旧内務省官僚が、ふたたび軍人(自衛官)が暴走することのないよう厳しい統制下に置こうと意図したとの指摘もある。こうした「文官統制」も、2009年と2015年の防衛省設置法の改正により、内局と統合幕僚監部、陸海空幕僚監部が対等な立場で防衛大臣を補佐するシステムに変更された。とくに自衛隊の運用・作戦に関する機能は、内局にあった運用企画局を廃止し統合幕僚監部に一元化された。これにより内局は、防衛政策の基本方針の策定やいわゆる軍政事項全般について、統合幕僚監部は、部隊の運用・作戦にかかわる軍令事項について、陸海空幕僚監部はそれぞれが所掌する軍事的に専門性の高い軍政事項について、それぞれ責任を負い、防衛大臣を補佐するシステムが確立された。しかし、一佐以上の階級の自衛官に対する人事権を維持しているなど、依然として文官の官僚組織である内局が大きな権限を保持している。
防衛省の職員数は、約24万5000人、そのうち約2万人が文官の事務官で約22万5000人が自衛官である。法律に定められた自衛官の定員はこれより約2万人多いが、実際には自衛官の定員の90%程度しか予算がつけられておらず(予算定員)、陸海空自衛隊とも定員に対し充足率90%ほどで部隊を運営している。自衛官の定員は、国会による文民統制を確保する意味から防衛省設置法に1名単位で定められており、自衛官の定員を変更するには国会による議決が必要となっている。
東京、市谷(いちがや)の防衛省本省には、大臣官房、防衛政策局を含む5局よりなる内局と、自衛隊の運用・作戦を担当する統合幕僚監部、陸上自衛隊を管轄する陸上幕僚監部、海上自衛隊を管轄する海上幕僚監部、航空自衛隊を管轄する航空幕僚監部、軍事情報の収集・分析にあたる情報本部、防衛省職員の法令遵守状況をチェックする防衛監察本部、防衛装備品の研究開発、装備・物資・役務の取得、装備品の輸出などを一元的に管理する防衛省外局に位置づけられている防衛装備庁、防衛大臣以下政務三役、事務次官、防衛審議官、内局局長、統合幕僚長、陸海空自衛隊幕僚長、情報本部長、防衛装備庁長官といった防衛省幹部が一堂に会する審議機関である防衛会議などの主要機関が置かれている。
防衛省の下には、全国にさまざまな部隊や機関が置かれている。実戦部隊としては、陸上総隊および各方面隊指揮下の陸上自衛隊各部隊、自衛艦隊指揮下の海上自衛隊各部隊、航空総隊指揮下の航空自衛隊各部隊がある。地方支分部局としては、北海道、東北、北関東、南関東、近畿中部、中国四国、九州、沖縄の各地方防衛局があり、自衛隊や在日米軍の基地、演習場など施設の建設・維持・管理、騒音対策、基地被害に対する補償事務などを担う。施設等機関としては、防衛大学校、防衛医科大学校、防衛研究所がある。陸海空自衛隊の共同機関としては、自衛隊地方協力本部、自衛隊中央病院、自衛隊地区病院(全国15か所)、自衛隊体育学校がある。自衛隊地方協力本部は、全都道府県に置かれ、自衛隊員の募集、広報活動、自治体との連絡・調整、予備自衛官の管理などを担当する。自衛隊体育学校は多くのオリンピック・メダリストを輩出してきた。2007年には、統合運用を促進する目的で自衛隊法が改正され、陸海空自衛隊による「共同の部隊」について新たな規定が設けられた。この改正を受けて、2008年、初の3自衛隊共同部隊として、自衛隊の指揮通信システムの管理・運営とサイバー攻撃からの防護を担う自衛隊指揮通信システム隊が設置された。2009年には、2番目の共同部隊として、情報漏洩(ろうえい)を防止する目的で自衛隊情報保全隊が置かれた。共同部隊の部隊名には先頭に「自衛隊」がつく。2019年度から始まる中期防衛力整備計画では、3つ目の共同部隊として陸上自衛隊と海上自衛隊の輸送部隊を統合して海上輸送部隊を編成すること、サイバー分野で新たな部隊を設置することが計画されている。
[山本一寛 2019年3月20日]