コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

明算 めいざん

4件 の用語解説(明算の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明算
めいざん

[生]治安1(1021)
[没]嘉承1(1106).11.
平安時代真言宗僧。幼くして高野山に上り,東室の定誉に師事し,中院に住した。のちに小野流の祖成尊から教えを受け,中院に密壇を設けて法を授けた。寛治3 (1089) 年高野山検校となり,任にあること 17年,高野山の復興に努めた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

明算 めいざん

1021-1106 平安時代中期-後期の僧。
治安(じあん)元年生まれ。定誉(じょうよ)にしたがって高野山で真言をまなび,京都小野の曼荼羅(まんだら)寺の成尊(せいぞん)より灌頂(かんじょう)をうけた。帰山して中院(ちゅういん)流をひらき,中院御房と称される。寛治(かんじ)4年(1090)高野山検校。おおくの弟子をそだて,堂宇の再建につとめた。嘉承(かじょう)元年11月11日死去。86歳。紀伊(きい)神崎(和歌山県)出身。俗姓は佐藤。

明算 みょうさん

めいざん

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明算
めいざん
(1021―1106)

平安末期の真言宗の僧。紀伊国(和歌山県)の人。1032年(長元5)高野山東室(こうやさんひがしむろ)で出家し、40年(長久1)中院(ちゅういん)に移る。以後は各地で研鑽(けんさん)し、72年(延久4)山城(やましろ)国(京都府)小野の曼荼羅寺成尊(まんだらじせいそん)から伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受けて小野流の奥義を究める。翌年、帰山し中院に入って法筵(ほうえん)を開くが受法者多く、これより中院流と称し高野山の主たる法流となり、彼は中院御房ともよばれた。高野山の復興に携わること16年、諸堂の再建や、諸法会(ほうえ)を初めておこすなど目覚ましい活動により、高野山中興の師と仰がれる。弟子にも名僧多く、中院流を継承した。[平井宥慶]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の明算の言及

【御影供】より

…入定信仰の成立は延喜年間(901‐923)以前と考えられるが,入定信仰の成立によって御影供と〈お衣替え〉の行事が始められた。御影供は910年(延喜10)に東寺で始められたといわれるが,信仰的行事は高野山が中心で,高野山の御影供は1057年(天喜5)明算(1021‐1106)が始修したといわれる。旧の正御影供には,伽藍の御影堂の外陣(げじん)の戸が開けられ,新任の法師が,内々陣の真如親王筆になるという弘法大師寿像(生身の御影)の前で法要を勤める。…

※「明算」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

明算の関連キーワード足羽千平覚実(1)雄安感世尋空丹波忠康朝晴藤原親子(1)明観妙法(1)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone