明算(読み)めいざん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明算
めいざん

[生]治安1(1021)
[没]嘉承1(1106).11.
平安時代の真言宗僧。幼くして高野山に上り,東室の定誉に師事し,中院に住した。のちに小野流の祖成尊から教えを受け,中院に密壇を設けて法を授けた。寛治3 (1089) 年高野山検校となり,任にあること 17年,高野山の復興に努めた。彼の法流は中院流と呼ばれる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

明算 めいざん

1021-1106 平安時代中期-後期の僧。
治安(じあん)元年生まれ。定誉(じょうよ)にしたがって高野山で真言をまなび,京都小野の曼荼羅(まんだら)寺の成尊(せいぞん)より灌頂(かんじょう)をうけた。帰山して中院(ちゅういん)流をひらき,中院御房と称される。寛治(かんじ)4年(1090)高野山検校。おおくの弟子をそだて,堂宇の再建につとめた。嘉承(かじょう)元年11月11日死去。86歳。紀伊(きい)神崎(和歌山県)出身。俗姓は佐藤。

明算 みょうさん

めいざん

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明算
めいざん
(1021―1106)

平安末期の真言宗の僧。紀伊国(和歌山県)の人。1032年(長元5)高野山東室(こうやさんひがしむろ)で出家し、1040年(長久1)中院(ちゅういん)に移る。以後は各地で研鑽(けんさん)し、1072年(延久4)山城(やましろ)国(京都府)小野の曼荼羅寺(まんだらじ)成尊(せいそん)(1012―1074)から伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受けて小野流の奥義を究める。翌1073年、帰山し中院に入って法筵(ほうえん)を開くが受法者多く、これより中院流と称し高野山の主たる法流となり、彼は中院御房ともよばれた。高野山の復興に携わること16年、諸堂の再建や、諸法会(ほうえ)を初めておこすなど目覚ましい活動により、高野山中興の師と仰がれる。弟子にも名僧多く、中院流を継承した。[平井宥慶]

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世界大百科事典内の明算の言及

【御影供】より

…入定信仰の成立は延喜年間(901‐923)以前と考えられるが,入定信仰の成立によって御影供と〈お衣替え〉の行事が始められた。御影供は910年(延喜10)に東寺で始められたといわれるが,信仰的行事は高野山が中心で,高野山の御影供は1057年(天喜5)明算(1021‐1106)が始修したといわれる。旧の正御影供には,伽藍の御影堂の外陣(げじん)の戸が開けられ,新任の法師が,内々陣の真如親王筆になるという弘法大師寿像(生身の御影)の前で法要を勤める。…

※「明算」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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