改訂新版 世界大百科事典 「有機金属化学」の意味・わかりやすい解説
有機金属化学 (ゆうききんぞくかがく)
organometallic chemistry
有機金属化合物(金属と炭素の直接結合をもつ化合物)を扱う化学の総称。主として四つの分野に分けることができる。
(1)有機金属化合物の性質をうまく利用して,従来困難であった合成反応を開発し,それを天然有機化合物や医薬品などの合成に応用する分野。一例として,不斉ロジウム触媒による不斉水素化反応があげられる。式(1)にL-ドーパdopa(パーキンソン病の特効薬)の不斉合成を示す。
(2)有機金属化合物の触媒作用を利用して,一酸化炭素からホルムアルデヒド,メチルアルコール,エチルアルコール,酢酸など工業的に重要な原料を合成する分野。これはC1(シーワン)化学と呼ばれ,石油などのエネルギー資源に将来代わるべき原料として,石炭,石油ピッチなど劣質な炭素資源より得られるCOやH2を積極的に効率よく利用しようという研究から始まった。その一例として,ロジウム触媒を用いた酢酸の合成がある(式(2))。
この分野は1923年に始まり,歴史的には古く,現在日本をはじめアメリカ,ドイツなど欧米諸国でも活発な研究がなされている。とくに,石油資源の乏しい日本では将来の代替資源としてC1化学は今後ますます重要となるであろう。
(3)有機金属化合物そのものを合成し,その物性を研究する分野。有機金属化合物の歴史は有機化合物そのものの歴史に比べて新しく,空気中で,あるいは熱的に不安定なものが多いので合成や物性研究が比較的困難である。そのため合成例も限られ,物性に関しても未知な部分が多い。たとえば,炭素とケイ素の二重結合を含む有機化合物は不安定であり,さまざまな試みがなされた結果,図1に示す化合物が1981年に合成された。これはSi=C結合を含む最初に空気中で単離された安定な有機金属化合物である。また,ある種の有機金属化合物は金属クラスター錯体をつくる。たとえばロジウムカルボニルのクラスター錯体(図2)は,種々のC1化学反応の触媒作用があり,いろいろな角度からその物性研究がなされている。
(4)有機金属化合物は生体内でも重要な役割をしているものがいくつか知られており,この分野の研究も有機金属化学の一専門領域として重要である。たとえば,よく知られているビタミンB12はコバルト-炭素結合をもつ有機金属化合物である。また,動物の体内で過酸や過酸化水素などの老廃物を還元して無毒化する酵素グルタチオンペルオキシダーゼはセレン金属を含む長鎖ペプチドである。
以上,四つの分野について述べたが,有機金属化合物は有機合成反応の触媒となり,反応効率の向上や省エネルギーにも貢献し,生命の基本過程にも関係している。それゆえに,有機金属化学は今後の発展の可能性を秘める。
執筆者:友田 修司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報