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恋川春町 こいかわはるまち

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恋川春町
こいかわはるまち

[生]延享1(1744)
[没]寛政1(1789).7.7. 江戸
江戸時代中期の戯作者,狂歌作者。本名,倉橋格。通称,寿平。狂名,酒上不埒 (さけのうえのふらち) 。駿河小島藩用人。安永4 (1775) 年自作自画の『金々先生栄花夢』を出し,従来の青本と一線を画す成人向きの諧謔と風刺によって,黄表紙の祖となった。

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デジタル大辞泉の解説

こいかわ‐はるまち〔こひかは‐〕【恋川春町】

[1744~1789]江戸中期の黄表紙作者・狂歌師。駿河小島藩士。本名、倉橋格。狂号、酒上不埒(さけのうえのふらち)。筆名恋川春町は、藩邸があった小石川春日町のもじり。「金々先生栄花夢」で黄表紙を誕生させ、寛政の改革の風刺作「鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)」で筆禍を招き、自殺したといわれる。

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百科事典マイペディアの解説

恋川春町【こいかわはるまち】

江戸中・後期の黄表紙作者,浮世絵師,狂歌師。狂名酒上不埒(さけのうえのふらち)。本名倉橋格。駿河小島藩の江戸詰用人。1775年《金々先生栄花夢》により黄表紙の作風を確立,黄表紙界の第一人者となる。
→関連項目蔦屋重三郎朋誠堂喜三二

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

恋川春町 こいしかわ-はるまち

こいかわ-はるまち

恋川春町 こいかわ-はるまち

1744-1789 江戸時代中期の戯作(げさく)者。
延享元年生まれ。紀伊(きい)田辺藩(和歌山県)藩士桑島九蔵の子。駿河(するが)(静岡県)小島(おじま)藩士。鳥山石燕(せきえん)に浮世絵をまなぶ。安永4年自作自画の「金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」を刊行,黄表紙の祖とよばれる。酒上不埒(さけのうえの-ふらち)の名で狂歌もつくる。寛政の改革を風刺した「鸚鵡返(おうむがえし)文武二道」で弾圧され,寛政元年7月7日死去。46歳。自殺説もある。姓は倉橋。名は格。通称は寿平。

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朝日日本歴史人物事典の解説

恋川春町

没年:寛政1.7.7(1789.8.27)
生年:延享1(1744)
江戸時代の黄表紙・洒落本・狂歌作者。駿河小島藩1万石松平家の家臣。本名は倉橋格,通称は寿平,狂名は酒上不埒,寿山人と号した。恋川春町の戯号は藩の上屋敷があった小石川春日町にちなみ,加えて浮世絵師勝川春章の名になぞらえたもの。20歳のとき伯父倉橋忠蔵の養子となり,主家に仕える。かたわら絵を好んで鳥山石燕に師事し,安永2(1773)年洒落本『当世風俗通』の挿絵を描いた。同4年に自画自作の草双紙『金々先生栄花夢』を刊行し好評を博し,大人の草双紙ともいうべき黄表紙の祖となる。『高慢斎行脚日記』(1776),『三升増鱗祖』(1777),『三幅対紫曾我』(1778),『無益委記』(1779)など多数の自画作を著し,朋誠堂喜三二と並んで黄表紙全盛時代を築いた。生涯の作は30冊を数える。他に,『当世杜撰商』『無頼通説法』などの洒落本の作もあり,安永・天明期の代表的戯作者のひとりに数えられる。天明7(1787)年には御年寄本役120石に昇進したが,田沼意次のあとをうけて松平定信の寛政の改革が始まると,これを題材とした黄表紙『 悦贔屓蝦夷押領』で評判をとる。さらに喜三二の『文武二道万石通』が好評を収めると,同趣向の作『鸚鵡返文武二道』を刊行する。しかし,この両作は定信の改革政治を揶揄したともとられかねない性質のものであった。果たして春町は定信から出頭を命じられると病気を理由にこれを辞し,間もなく没したため,その死を自殺とする説もある。<参考文献>浜田義一郎『江戸文芸攷』

(園田豊)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

こいかわはるまち【恋川春町】

1744‐89(延享1‐寛政1)
江戸後期の黄表紙作者,浮世絵師,狂歌師。本名は倉橋格,通称は寿平,別号は寿山人。狂歌名は酒上不埒(さけのうえのふらち)。駿河小島藩の江戸詰用人。江戸小石川春日町に住したので恋川春町と号した。画を鳥山石燕・勝川春章に学び自他の作の挿絵を描いた。1775年(安永4)《金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)》,翌年《高慢斎行脚日記》によって当世風俗をうがち,従来の草双紙の作風を一変せしめた。以後安永・天明にかけて活躍,20余部の作があり,89年の《鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)》は寛政改革を風刺して大当りをとったが,当局の忌諱(きい)に触れてまもなく没し,当時自殺説も流れた。

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大辞林 第三版の解説

こいかわはるまち【恋川春町】

1744~1789) 江戸中期の黄表紙作者・狂歌師。本名、倉橋格。別号、狂号、酒上不埒さけのうえのふらち。駿河小島の松平家の家臣。江戸小石川春日町に住む。黄表紙の鼻祖。作「金々先生栄花夢」「鸚鵡返文武二道」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恋川春町
こいかわはるまち
(1744―1789)

江戸後期の戯作者(げさくしゃ)、浮世絵師。本名倉橋格、通称寿平。狂名を酒上不埒(さけのうえのふらち)、別に寿山人と号した。駿河(するが)小島(おじま)藩士で、江戸・小石川春日(かすが)町の藩邸に住み、留守居役、重役加判などの要職を歴任、そのかたわら浮世絵師を志して鳥山石燕(せきえん)に学び、勝川春章(かつかわしゅんしょう)に私淑した。1773年(安永2)洒落本(しゃれぼん)『当世風俗通』の挿絵(文も春町か)を描いて文壇に登場、75年には洒落本を草双紙(くさぞうし)化した『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』を自画作で発表し、黄表紙の祖と目されるに至った。知的で軽妙洒脱な話の展開と写実的な挿絵で現実世界を戯画化し、当代第一級の作者として『無益委記(むだいき)』など約30編の黄表紙を残すほか、朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)らの黄表紙に挿絵を描き、洒落本、狂歌などの作もある。89年(寛政1)『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』で松平定信(さだのぶ)の改革政治を揶揄(やゆ)して、当局の召喚を受けたが応ぜず、ほどなく没した。この突然の死は、藩公へ迷惑の及ばぬようにとの配慮と、実直な能吏であった養父との折り合いの悪さに原因すると考えられ、自殺とみてよい。[宇田敏彦]
『水野稔校注『日本古典文学大系59 黄表紙・洒落本集』(1958・岩波書店) ▽浜田義一郎他校注・訳『日本古典文学全集46 黄表紙・川柳・狂歌』(1971・小学館) ▽小池正胤・宇田敏彦他編『江戸の戯作絵本』1~3・続編1(社会思想社・現代教養文庫)』

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世界大百科事典内の恋川春町の言及

【鸚鵡返文武二道】より

…3冊。恋川春町(こいかわはるまち)作,北尾政美(まさよし)画。1789年(寛政1)刊。…

【親敵討腹鞁】より

…2冊。朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)作,恋川春町画,1777年(安永6)刊。〈かちかち山〉の後日譚で,子狸に親の敵とねらわれた兎が義理に迫られて切腹し,狸はまた猟人を導いて討たせた狐の子狐に,猟人とともに討たれる。…

【黄表紙】より

…江戸時代中期以後数多く出版された,絵を主とする小説である〈草双紙(くさぞうし)〉の一様式をいう。草双紙の〈黒本・青本〉のあとを受けて,外形は青本と同じく黄色表紙であるが,内容は当世の世相,風俗,事件などを流行語をまじえて写実的に描写するとともに,ことさらに常識に反し理屈を排除して,荒唐無稽な構想・表現による滑稽をもっぱらねらったもので,1775年(安永4)刊の恋川春町(こいかわはるまち)画作《金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)》から始まるとされる。春町の友人朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)も《親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)》(1777)を出し,以後両人の多くの名作によって,“(つう)”と“むだ”すなわち洒落と機知によるおかしさをねらった成人の漫画ともいうべき作風がうち立てられた。…

【金々先生栄花夢】より

…2冊。恋川春町画作。1775年(安永4)刊。…

【無益委記】より

…黄表紙。恋川春町作画。1781年(天明1)刊か。…

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