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末那識 まなしきmano nāma vijñāna

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

末那識
まなしき
mano nāma vijñāna

仏教用語。唯識学派で「意という識」を意味する。単なる意識 mano-vijñānaと区別するために末那識と音写して用いられている。唯識学派で認める8識中の7番目の識で,思いはかることを本質とし,第8の阿頼耶識 (あらやしき) を対象として我執を起し,我見,我癡,我慢,我愛を伴って我執の根本となるので,けがれたである「染汚意」とも呼ばれ,これによって第6の意識が生じる。

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デジタル大辞泉の解説

まな‐しき【末那識】

《「末那」は、梵manasの音写》仏語唯識説でいう八識のうちの第七識。我に執着して存在の根拠となる心の働き。意識がなくなった状態にも存在し、迷い根源とされる。

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大辞林 第三版の解説

まなしき【末那識】

〘仏〙 〔「末那」は梵語 manas の音訳〕 諸感覚や意識を統括して、自己という意識を生み出す心のはたらき。自己意識。空くうの考えに反する誤った意識とされる。唯識思想の八識の第七。 → 阿頼耶識あらやしき

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

末那識
まなしき

インド仏教の唯識(ゆいしき)説で主張された重要な用語。末那はサンスクリット語のマナスmanasの音写。唯識説では、感覚器官に基づく五識(しき)と、それを推理判断する意識との計六つの識のほかに、その背後で絶えず働いている自我意識の存在を認め、これをマナス(思い量る意)もしくはクリシュタ・マナスklia-manas(染汚意)とよんだ。これは、さらにその深層に存在すると考えられた第八識の阿頼耶識(あらやしき)を対象として、それを自我であると思い込む意識とされた。それが玄奘(げんじょう)訳を介して末那識あるいは第七識として中国や日本に伝えられ、仏教的認識論に重要な役割を果たした。[袴谷憲昭]

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世界大百科事典内の末那識の言及

【唯識説】より

…〈般若経〉に説かれる空の思想を受け継ぎながら,空を虚無主義ととらえる傾向を是正しようと,ヨーガの実践を好む人びとによって説かれ,〈あらゆる存在は心がつくり出した影像にすぎない〉という禅定体験に基づいているとされる。この説の特徴は,従来の6種の識(眼,耳,鼻,舌,身,意の六識)のほかに,あらゆる表象としての存在を生み出す根本識として,そのメカニズムを担う種子を蔵しているアーラヤ識(阿頼耶識(あらやしき))と,根源的な自我執着意識である末那識(まなしき)との二つの深層心理を立てたことである。また,存在のあり方を認識主観とのかかわりによって遍計所執性(へんげしよしゆうしよう)(主客として実在視されたあり方),依他起性(えたきしよう)(縁起によって生じている相),円成実性(えんじようじつしよう)(主客の実在視をはなれた真実のすがた)の三つに分ける三性説,およびそれを否定的に表現した三無性説も唯識説独自の思想である。…

※「末那識」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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