改訂新版 世界大百科事典 「唯識説」の意味・わかりやすい解説
唯識説 (ゆいしきせつ)
インド仏教において,3~4世紀ころに興った大乗思想で,あらゆる存在は唯(た)だ識すなわちこころのはたらきで表された仮の存在にすぎないとみる唯心論。サンスクリットでビジュニャプティ・マートラ・バーダvijñapti-mātra-vādaという。〈般若経〉に説かれる空の思想を受け継ぎながら,空を虚無主義ととらえる傾向を是正しようと,ヨーガの実践を好む人びとによって説かれ,〈あらゆる存在は心がつくり出した影像にすぎない〉という禅定体験に基づいているとされる。この説の特徴は,従来の6種の識(眼,耳,鼻,舌,身,意の六識)のほかに,あらゆる表象としての存在を生み出す根本識として,そのメカニズムを担う種子を蔵しているアーラヤ識(阿頼耶識(あらやしき))と,根源的な自我執着意識である末那識(まなしき)との二つの深層心理を立てたことである。また,存在のあり方を認識主観とのかかわりによって遍計所執性(へんげしよしゆうしよう)(主客として実在視されたあり方),依他起性(えたきしよう)(縁起によって生じている相),円成実性(えんじようじつしよう)(主客の実在視をはなれた真実のすがた)の三つに分ける三性説,およびそれを否定的に表現した三無性説も唯識説独自の思想である。この唯識説を唱えた学派は瑜伽行唯識派とも呼ばれるように,この説は,ヨーガ(瑜伽(ゆが))という実践を通して,識のあり方を汚れた状態から清浄な状態へ変革すること,すなわち汚れた識を転じて清らかな智慧を得るという〈転識得智(てんじきとくち)〉を究極の目的とする。このインドの唯識説は7世紀に玄奘によって中国にもたらされ,法相宗が成立した。さらに道昭,智通,知鳳,玄昉(げんぼう)などによって日本に伝えられ,法相宗は南都六宗の一つとして栄えた。その教理は,以後の仏教界において仏教の基本的教説として重視され,現代にまで伝えられている。
→唯識派
執筆者:横山 紘一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報