本阿弥光甫(読み)ほんあみこうほ

改訂新版 世界大百科事典 「本阿弥光甫」の意味・わかりやすい解説

本阿弥光甫 (ほんあみこうほ)
生没年:1601-82(慶長6-天和2)

本阿弥光悦の養子光瑳の長男空中斎(くうちゆうさい)と号し,〈空中〉の名でよく知られる。家業刀剣鑑定に長じ,光悦の影響を強く受けて茶,香をたしなみ,絵画彫刻もよくしたが,ことに作陶に優れた。鷹ヶ峰にも住して技巧に優れた作品を残したが,楽3代道入に学び,また後世空中信楽(しがらき)〉と呼ばれる独特の信楽風の茶陶を多く作っている。代表作は楽茶碗では〈寒月〉,信楽には水指,茶碗,香合などがある。本阿弥家と光悦について著した《本阿弥行状記》上巻をまとめている。
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朝日日本歴史人物事典 「本阿弥光甫」の解説

本阿弥光甫

没年:天和2.7.24(1682.8.26)
生年:慶長6(1601)
江戸前期の芸術家。本阿弥光悦の養子光瑳の子。光伝の父。空中斎と号した。家業である刀の磨礪,浄拭,鑑定の三業を行うかたわら,祖父光悦にならって茶の湯,作陶,絵画など多才な芸術活動を行った。作陶では手捏ね内窯の楽焼を行い,空中信楽とも呼ばれる信楽風の作品も多く,楽茶碗には「寒月」「侘人」,信楽写しの茶碗には「不二」「武蔵野」などがあり,また信楽写しの桐文水指などが代表作。尾形光琳・乾山(深省)の生家,雁金屋とは姻戚関係にあり,光悦より伝わった楽焼の陶法伝書を尾形権平(深省)に授けたとの伝えもある(佐原鞠塢『梅屋日記』)。光悦の生涯を中心とする本阿弥家の家記『本阿弥行状記』3巻本の内,光悦について記した上巻は光甫の作とされる。法橋となり,寛永18(1641)年には法眼に叙せられた。生年を慶長7(1602)年とする説もある。

(伊藤嘉章)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「本阿弥光甫」の意味・わかりやすい解説

本阿弥光甫
ほんあみこうほ
(1601―1682)

江戸前期の芸術家。号は空中斎(くうちゅうさい)。本阿弥光悦(こうえつ)の孫で、光瑳(こうさ)の子。本阿弥家は室町以来の名高い刀剣の目利(めきき)・研(とぎ)の家系なので、本業の刀剣の鑑定にも長じたが、光悦の資質を受けて茶・香・書画・彫刻などもよくし、ことに作陶に優れていた。その著『本阿弥行状記』が光悦を主人公としているように、深く祖父を敬愛し、手捏(づく)ねの茶碗(ちゃわん)に秀作があるが、光悦より作陶領域は広く、楽(らく)茶碗とともに信楽写(しがらきうつし)の独自の茶陶をつくり、俗に「空中信楽」の呼称がある。作品には多く「空中」の銘がある。

[矢部良明]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「本阿弥光甫」の意味・わかりやすい解説

本阿弥光甫
ほんあみこうほ

[生]慶長6(1601).京都
[没]天和2(1682).7.24. 京都
江戸時代初期の陶工。光悦の孫。号は空中斎。刀剣鑑定の家業のほか茶道,製陶,書画に長じた。特に製陶に巧みで楽焼の名手として知られ,作品のほとんどに「空中」の彫銘があり,信楽 (しがらき) の土を使用した作品を俗に空中信楽と呼ぶ。彼の著述した『本阿弥行状記』は光悦の伝記として価値が高い。主要作品『楽焼黒茶碗』 (銘,寒月) 。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本阿弥光甫」の解説

本阿弥光甫 ほんあみ-こうほ

1601-1682 江戸時代前期の工芸家。
慶長6年生まれ。本阿弥光悦の養子光瑳(こうさ)の子。家業の刀剣鑑定のほか,茶道,書画,作陶などもよくした。とくに作陶にすぐれ,空中信楽(しがらき)とよばれる信楽風の茶陶をつくった。本阿弥家の家記「本阿弥行状記」の編修でも知られる。天和(てんな)2年7月24日死去。82歳。号は空中斎。作品に絵画「藤,牡丹,楓」三幅対,楽茶碗「寒月」。

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