江戸初期の陶工で、京都楽焼(らくやき)の第3代。吉兵衛(きちべえ)、のち吉左衛門(きちざえもん)、剃髪(ていはつ)後は道入と称す。俗称「のんこう(のんかう)」。初代長次郎の没後、2代目は田中家の宗慶(そうけい)の子、吉左衛門常慶(じょうけい)(1635没)が継ぎ、3代目は常慶の長男の吉兵衛道入が継いだ。「のんこう」の名は、千宗旦(せんのそうたん)が伊勢(いせ)参宮の途次鈴鹿(すずか)の能古(のんこ)茶屋に休み、そのとき付近の竹で花器をつくって「ノンカウ」と銘して道入に贈ったところ、道入がその後いつも花をいけて楽しんだことに由来するといわれる。
初代長次郎と2代常慶の作風が古格を重んじて半筒形茶碗(ちゃわん)に定形をつくりあげ、徹底して没個性の美を追求したのに対し、道入は一転して個性味豊かな作為をあからさまに求め、その達者な技巧で作為巧妙な茶碗をつくり新境地を開拓、楽家歴代中、屈指の名手といわれる。この背景には「綺麗(きれい)さび」を尊んだ時代の風潮と、天下の風流人本阿弥(ほんあみ)光悦との交流から得た個性美への傾斜があった可能性が濃い。その作行きは総体に薄造りで、胴はゆったりと張り、微妙に起伏する曲線が全体の基調となりながら、ところどころに鋭く篦(へら)を入れて緊張感を醸し出している。黒楽・赤楽とも釉(うわぐすり)は強い光沢をもち、白釉(はくゆう)と朱釉が表れて景色をつくる。明るいつややかな美を求める道入の造形精神は、光悦ほど個性に浸りきってはいないが、江戸初期の開放的な茶風をよく反映したものといえよう。高台(こうだい)はときに土見せで軽やかな趣(おもむき)に満ちており、「楽」の印が押される。代表作に、黒楽茶碗では銘「稲妻」「枡(ます)」「桔梗(ききょう)」、赤楽茶碗では「鵺(ぬえ)」「淡雪(あわゆき)」「巴(ともえ)」などがある。
[矢部良明]
『林屋晴三編『日本陶磁全集 21 楽代々』(1976・中央公論社)』
楽家3代とされる江戸初期の陶工。2代常慶の子。名は吉兵衛。通称の〈のんこう〉でよく知られ,長次郎,常慶らのいわゆる古楽の作行きから脱し,楽茶碗に新風を加えたことにより,楽家歴代中の名工とされている。作品は黒楽,赤楽の茶碗を主に,香合や焙烙(ほうろく)などもある。作行きはいったいに薄造りで,口造りや見込みなどにその特色がみられる。胎土は赤土と白土を用い,ことに赤楽は白土に黄土を塗って透明釉を掛ける新しい技法を生んでいる。また黒楽も釉に光沢があり,幕状に釉を掛ける幕釉や,釉を一部掛けはずして黄釉を掛ける黄ハゲ,また蛇蝎(だかつ)釉や朱釉など古楽にはなかった装飾性を釉によって表している。高台内にまで釉を施した総釉の茶碗と,高台部分を土見せにしたものがあり,印は高台内に捺(お)されている。代表作に〈千鳥〉〈升〉〈稲〉〈桔梗〉〈霞〉〈若山〉〈鵺(ぬえ)〉などがある。
→楽焼
執筆者:赤沼 多佳
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