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李大しょう りたいしょうLi Da-zhao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

李大しょう
りたいしょう
Li Da-zhao

[生]光緒15(1889).10.29. 河北,楽亭
[没]1927.4.28. 北京
中国の思想家。中国共産党の初期指導者の一人。字は守常。農家に生れ,天津北洋法政学堂を卒業ののち日本に渡り,早稲田大学に在学中の 1915年,二十一ヵ条要求反対運動を指導。 16年帰国し,進歩党の領袖の一人湯化龍の秘書となり,『晨鐘報』の編集者をつとめた。 18年北京大学校長蔡元培に招かれて北京大学図書館主任となり,マルクス主義研究会をつくり,雑誌『新青年』の編集委員会に銭玄同,高一涵,陳独秀,胡適らとともに参加。また陳独秀らと『毎週評論』を創刊し,北京大学を中心に活発なマルクス主義思想の啓蒙活動を展開した。第1次世界大戦直後に書いた論文『庶民の勝利』と『ボルシェビズムの勝利』では専制主義,侵略主義,資本主義に対する人民の勝利としてロシア十月革命と大戦後の世界の民衆運動の高揚とを評価した。 19年の『私のマルクス主義観』は中国最初の体系的なマルクス主義紹介論文であった。五・四運動の中心的指導者として活動し,21年北京大学教授に任命され,7月の中国共産党創立にあたっては陳独秀とともにその中心となり,党の華北における最高指導者の役割を果した。 22年孫文と会い,国民党に加入し,国共合作を積極的に推進して 24年の国民党一全大会で正式に国共合作が成立すると,国民党中央執行委員に選ばれた。 27年張作霖に逮捕されて処刑された。

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