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林語堂 りんごどう Lin Yu-tang

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

林語堂
りんごどう
Lin Yu-tang

[生]光緒21 (1895).10.10. 福建,竜渓
[没]1976.3.26. ホンコン
中国の文学者。福建省竜渓の人。原名,玉堂。アメリカ合衆国ドイツに留学,ハーバード大学ライプチヒ大学で言語学を修め,1923年帰国。北京大学教授となり,魯迅周作人らが創刊した雑誌『語絲』に参加した。

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デジタル大辞泉の解説

りん‐ごどう〔‐ゴダウ〕【林語堂】

[1895~1976]中国の作家・言語学者。福建省竜渓の人。本名は和楽、のち玉堂(ぎょくどう)さらに語堂と改名。欧米に留学後、北京大学などの教授。雑誌「人間世」「論語」などを主宰。ユーモア小品文を提唱。著「わが国土・わが国民」「北京好日」「剪払(せんふつ)集」など。リン=ユイタン。

リン‐ユイタン【林語堂】

りんごどう(林語堂)

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百科事典マイペディアの解説

林語堂【りんごどう】

中国の作家,言語学者。福建省の生れ。1920年代前半には魯迅(ろじん)らと反軍閥の論を張り活躍。やがて雑誌《論語》《人間》などにユーモア文,小品を発表した。欧米に対する中国文明紹介の書として《我が国土,我が国民》,日本の侵略を批判して書かれた小説《北京好日》など,おもに外国人読者を対象とした文筆活動を行った。

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世界大百科事典 第2版の解説

りんごどう【林語堂 Lín Yǔ táng】

1895‐1976
中国の作家,英語学者。原名は玉堂。福建省竜渓の人。牧師の家に生まれ,ハーバード,ドイツのイェーナライプチヒの各大学に学ぶ。1920年代,北京大学等の教壇に立つかたわら〈語糸(ごし)〉派の急進的論客の一人となったが,30年代に入ると,《論語》以下の小品文雑誌を次々に出して幽黙(ユーモア)の提唱に中間派の活路を求め,36年ニューヨークに移住。以後ぼう大な英文による小説,エッセーを通じて,欧米人に近代中国の動乱や抗日戦争を生き抜く同胞の姿,また中国文明の生活的特質などを語り続けた。

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大辞林 第三版の解説

りんごどう【林語堂】

1895~1976) 中国の文学者。福建省出身。原名は玉堂。米・独の大学で学ぶ。周作人とともに小品文やユーモアを提唱した。1936年に渡米し、英文で中国文化を紹介した。小説「北京好日」、文明論「我が国土・我が国民」など。リン=ユイタン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

林語堂
りんごどう / リンユイタン
(1895―1976)

中国の作家、言語学者。初め林和楽といい、のち玉堂、さらに語堂と改名。福建省竜渓出身。上海(シャンハイ)の聖ジョーンズ大学卒業後、アメリカ、ドイツに留学、ハーバード、ライプツィヒ大学で言語学を学び、哲学博士の学位を得た。1923年帰国後、北京(ペキン)大学英文科教授となり、一方魯迅(ろじん)らの『語絲(ごし)』に散文、論文多数を発表した。1926年厦門(アモイ)大学教授を経て、北伐期には武漢政府外交部で外交秘書を務めた。1930年代には『論語』『人間世』『宇宙風』などの雑誌を編集して「閑適とユーモア」の小品文を提唱、一方、蔡元培(さいげんばい)らの民権保障同盟に参加するなど、左翼とはある距離を置いたリベラル知識人の立場をとった。1936年アメリカに渡り、その前年アメリカで出版した『わが国土・わが国民』(1935)をはじめ、中国文明を欧米人に説明する一連の仕事をした。抗日戦中に発表した小説『北京好日(こうじつ)』(1939)、『嵐(あらし)の中の木の葉』(1941)も、抗日戦の意義を欧米に訴える性格が強い。思想的には北京、武漢時代にもっとも急進的だったが、のちしだいに保守的色彩を強めた。1976年3月26日香港(ホンコン)で死去。著作は多数に上るが、前記のほか、北京時代の詩文集『剪払集(せんふつしゅう)』(1928)、1930年代の評論集『大荒集』(1934)などがあり、また晩年には『当代漢英詞典』の編纂(へんさん)もしている。[丸山 昇]
『佐藤亮一訳『北京好日』上下(1972・芙蓉書房)』

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