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柳家紫朝 やなぎや しちょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

柳家紫朝 やなぎや-しちょう

富士松紫朝(ふじまつ-しちょう)(2代)

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(C)Kodansha 2015.
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朝日日本歴史人物事典の解説

柳家紫朝

没年:大正7.5.12(1918)
生年:明治6(1873)
明治大正期の新内節の太夫。柴朝とも書く。本名尾山亀次郎。目が不自由だった。はじめ鶴賀花太夫の門に入り,のち初代富士松紫朝に学んだことから鶴賀,富士松両方の姓を持ったが,両派の争いから鶴賀に籍を残したまま,寄席の柳派に加盟,柳家紫朝となった。

(根岸正海)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

やなぎやしちょう【柳家紫朝】

1873‐1918(明治6‐大正7)
新内節の演奏家。柴朝とも書く。本名尾山亀次郎。鶴賀花太夫の弟子で初名鶴賀花蝶。のち久留米の初世富士松紫朝に学び富士松紫玉,のち佐交。1899年旧師から異議が出て富士松姓をやめ,鶴賀に籍を残したまま色物の柳派に加わり,柳家柴朝を名のって寄席に出演した。初世富士松紫朝の家族の了解が得られなかったため柴朝としたが,のちに許されて紫朝となった(墓も紫朝)。今日の富士松派ではこの人を2世富士松紫朝とする。初世ゆずりの渋い芸は,陽性の7世富士松加賀太夫と対抗し,別の人気を博して名人といわれた。

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世界大百科事典内の柳家紫朝の言及

【新内節】より

…彼を育成したのは久留米の富士松紫朝(しちよう)という盲目の名人で,三味線の名手と伝える。同じく盲目の名人の柳家紫朝(しちよう)も鶴賀派の出であるがこの人に学んだ。 一方,鶴賀派のほうは1891年に5代目家元の2世若狭太夫が病没して血統が絶えたが,弟子にあたる鈴木重太郎が推されて家元6世新内(のち祖元)となった。…

【富士松紫朝】より

…晩年は久留米に帰り,俗に〈久留米の紫朝〉といわれる。弟子に5世富士松加賀太夫柳家紫朝,名古屋の富士松春太夫(1877‐1941)らがある。(2)2世(1860‐1943∥万延1‐昭和18) 本名古賀城武。…

※「柳家紫朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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