歌舞伎狂言。世話物。4幕。通称《湯殿の長兵衛》。河竹黙阿弥作。1881年(明治14)10月東京春木座初演。配役は幡随長兵衛を9世市川団十郎,桜川五郎蔵・水野十郎左衛門を市川権十郎,長兵衛女房お時を岩井紫若ほか。初演では町奴と旗本奴の対立にひいき力士の勝負の遺恨を絡めたのを,91年,3世河竹新七が序幕に劇中劇《金平法問諍(きんぴらほうもんあらそい)》を含めた〈村山座けんかの場〉をつけて上演したので,以後これが定型となり,力士桜川のくだりは省略されている。水野十郎左衛門が頭目の白柄組がひいきする力士黒鷲官太夫は,町奴幡随長兵衛のひいき力士桜川五郎蔵に土俵で負けたのを恨み,今川橋で殺そうとして返り討ちに合う。水野はこれに恨みを抱き長兵衛を自邸に招き暗殺を図る。長兵衛は子分や女房たちの止めるのもきかず,単身水野邸へ赴き,勧められるまま入浴をし,不意に襲いかかる旗本奴たちと素手で立ち回り,ついに水野の槍で壮烈な最期をとげる。見どころは,長兵衛内での子別れと男達(おとこだて)の決意,〈湯殿の場〉での,竹本を廃し柔術の手を組み入れた立回りなど。この〈湯殿〉でのうなり声を9世団十郎は,養父河原崎権之助が実際に強盗に殺されたとき聞いた断末魔の声を採り入れ,代々の俳優に伝承されているという。初世中村吉右衛門が得意とし,29回も演じた。
執筆者:落合 清彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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