樹病学(読み)じゅびょうがく(英語表記)forest pathology

改訂新版 世界大百科事典 「樹病学」の意味・わかりやすい解説

樹病学 (じゅびょうがく)
forest pathology

樹木の病気とその防除を研究対象とする一学問分野。

1882年ドイツのハルチヒR.Hartigの著書《樹病教科書Lehrbuch der Baumkrankheiten》によってはじめて独立の学問分野として体系づけられた。日本では95年東京大学で樹病学の講義が開始され,現在林学科を有する大学では必修の学科であるが,独立の講座はない。森林病理学ともいうが,林木だけでなく広く緑化樹木や野生木本植物をも対象に含める樹病学が定着してきた。植物の病気を対象とする植物病理学の一部門であると同時に,森林昆虫学・森林動物学とともに森林保護学の一部門を構成する。

 病気の原因,病徴と診断,感染とまんえん,病態生理,抵抗性,防除など基礎的なあるいは応用的な研究分野があるが,胴・枝枯性病害材質腐朽病など枝や幹に発生する病気は,農作物牧草など草本植物にはない樹木類に特有の研究対象である。

 明治・大正時代は主として樹木病害および病原菌探索・同定の時代であるが,大正から第2次大戦末にかけては病原学的研究を含めた地誌的,モノグラフ的な菌学の研究が盛んに行われた。戦後は学問の細分化が進み,発生生態,栄養生理,病態生理,抵抗性要因あるいは抵抗性育種など各分野で活発な研究が行われているが,林木以外の緑化樹木の需要増大に伴って,膨大な新病害の病原同定といった病原学的研究も,引き続き行われている。

樹病の原因には,寄生伝播(でんぱ)を繰り返して伝染病を起こす生物性病原(病原体)と,栄養的・遺伝的または人為的原因で生理病を起こす非生物性病原とがある。樹病の中では菌類およびセンチュウを病原とするものに重要病害が多く,しばしば広域的に大発生して流行病をひき起こす。生理病の発生は局地的・散発的である。病原の種類とそれによって起こる主な樹病を表1に掲げる。

樹病はまたその発生部位により,大きくは根の病気(土壌病害),枝幹の病気(胴・枝枯性病害,材質腐朽病)と葉の病気(斑点性病害)とに分けられる。これらの樹病の中には,その病原体が樹木(宿主)の樹勢や環境と無関係に病気を起こす種類と,宿主の樹勢を弱らせる立地環境因子(誘因)が働いてはじめて病気を起こす種類とがある。誘因の種類とそれにより発生または被害が増大する病気を表2に示した。

 なお日本に発生する樹病の中には,スギ赤枯病マツ類材線虫病のように,過去の栽培(造林)と被害の歴史から,元は外国からの侵入病害と考えられるものがあり,それぞれスギ,マツにおける最大の重要病害として毎年その予防と駆除に膨大な経費がかけられている。

樹病の防除は,苗畑・緑化樹養成畑では発生環境の改善と同時に薬剤防除も実施し無病苗養成を目標としているが,森林では流行病のまんえん阻止あるいは保安林の保護といった特殊な場合を除いては,薬剤による防除は行われない。森林では育林的手段による伝染源の除去,環境改善に基づく発病軽減が防除の主体となり,長期的展望の下では抵抗性育種も加えられる。

 なお,マツ類材線虫病とカラマツ先枯病は〈森林病害虫等防除法〉の指定を受け,予防と駆除に関して広域的な行政対応のとられている病害である。
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