森林のもつ公益的機能をもっともよく発揮させるために、とくに必要な森林を森林法に基づき指定し、その森林の適切な保全と森林施業を確保する森林。保安林はその沿革が古く、すでに藩制時代に水源涵養(かんよう)や防潮、防風のために保護を命ぜられたり、伐採を禁止あるいは制限される森林が各地にみられた。1882年(明治15)明治政府は太政官(だじょうかん)布達で国土保全の目的のため禁伐林制度を設け、1897年の森林法によって保安林制度を確立した。1951年(昭和26)制定の現行森林法でもこの保安林制度を継承している。
[笠原義人]
保安林において、立木の伐採、土石や樹根の採掘開墾など、土地の形質を変更する場合には、あらかじめ都道府県知事の許可を受けなければならない。また、保安林の立木を伐採した場合、その森林所有者は定められている植栽の方法、期間、樹種などに従い、伐採跡地に植えなければならない。違反した場合には罰則の適用がある。知事は保安林機能の維持、回復を図るため、行為の中止、または造林、復旧、あるいは植栽すべき旨を命令することができる。
[笠原義人]
現行森林法は、保安林に指定しうる場合を以下のように制限的に列挙している。水源涵養保安林(森林の理水機能を高度に保ち、河川の流量を調節する)、土砂流出防備保安林(土砂の流出、侵食を防止する)、土砂崩壊防備保安林(地盤不安定な急斜地の崩壊を防止する)、飛砂防備保安林(飛砂を防止する)、防風保安林(強風による災害を防止する)、水害防備保安林(水勢を弱め、河川の氾濫(はんらん)を防止する)、潮害防備保安林(津波や高潮による被害を防止する)、干害防備保安林(農地の乾燥や灌漑(かんがい)用溜池(ためいけ)などの水がれを防止する)、防雪保安林(吹雪(ふぶき)を防止する)、防霧保安林(海から霧が流れ込むのを防止する)、なだれ防止保安林(なだれの発生を防止する)、落石防止保安林(落石による危険を防止する)、防火保安林(火災の延焼を防止する)、魚つき保安林(魚の生息や繁殖を助長する)、航行目標保安林(船の航行の目標とする)、保健保安林(森林レクリエーションなどにより国民の健康に寄与する)、風致保安林(名所や旧跡の景色などを保存する)の17種である。保安林はわが国森林面積の35%、869万ヘクタール(1998)に達し、うち水源涵養保安林が72%、土砂流出防備保安林が24%を占める。ほかの保安林は比較的に局所的な利益、危険予防を目的とする。
[笠原義人]
保安林の指定・解除の権限者は、国有林についてと民有林のうち広域的で基幹的な水源涵養・土砂流出防備・土砂崩壊防備保安林は農林水産大臣、その他の保安林は都道府県知事である。保安林に指定編入されると財産権の行使が制限されるので、指定は公正に行われるよう配慮されており、また指定理由が消滅したときは遅滞なく解除される。保安林指定により、森林所有者が通常受ける損失に対して、国はその損失補償を行う。
[笠原義人]
森林の各種の機能に期待して,公共に対する諸危害の防止,福祉の増進,あるいは他産業の保護を目的として,特定の場所に維持することを指定された森林。森林は一般に広がりをもって,地表高くから地表までの空間をおおい,さらに地下深くまで根を張っているので,風を防ぎ,気温をやわらげ,地表浸食や崩壊を防ぎ,つねに水を供給するなど,生活環境を保全する機能がある。このため,日本では,1897年に森林法を制定するにあたって,保安林制度を重要な柱としてとり入れた。
ある土地に保安林を設置する必要があるときは,都道府県知事がこれを指定する。指定された所有者は森林を存続させる義務がある。保安林指定の目的はひじょうに多く,現在17種が指定されている。日本の国土は地形が急峻であり,かつ人口が過密であるため災害も起こりやすく,保安林の必要性はきわめて大きい。保安林面積は800万haをこえ,全国の林野面積の約30%(すなわち国土面積の約10%)に相当する。保安林指定は第2次大戦後急増したが,これは近年の社会開発の進展に対応して,生活環境保全の必要度も高まったためである。1954年に〈保安林整備臨時措置法〉が制定されたのもこのためであり,10年単位で流域ごとに総合的に整備計画をたてることになった。保安林の中で水源涵養(かんよう)保安林と土砂流出防備保安林の面積が非常に多いのも,この法律での第1期(1954-63)にこの両者の強化に重点をおいたためである。第2期(1964-73)には国による保安林買上げのほか,奥地林買上げ後これを保安林に指定している。第3期(1974-83)には保健保安林,風致保安林の拡充に力を注いでおり,その面積も比較的多い。これに対し,防風林,飛砂防備林,潮害防備林などは,旧藩時代からの努力の結果や戦前に造成されて早くから保安林に指定されていたものである。また,魚付保安林,航行目標保安林は日本独特のものである。保安林の種類とその役割について表に示す。
保安林に対しては,その森林状態を維持するために種々の制限を設けている。地形が急峻であったり,地質的にみて崩壊の危険度の大きい場合は禁伐とし,土砂流出防備保安林のように森林を皆伐すると地表浸食によって土砂流出がしやすい場合は,皆伐を禁じて択伐することを指示している。水源涵養保安林などで皆伐を許可している場合でも,一度に伐採できる面積や材積割合に限度を設けている。また,防風,防霧保安林などの皆伐にあたっては,幅20m以上の林帯が残存するように定めている。その他,立木(りゆうぼく)の損傷,家畜の放牧,下草・落葉・落枝の採取,土石・樹根の採掘,開墾などについては事前に許可を受けなければならない。
保安林指定によって被った損害は補償されることになっている。現行では,伐採制限などによる損失については,制限によって収入できなかった立木価格について,年利子補償を請求しうることとしている。近年は,保安林指定による土地利用の制限で生じた土地価格の低下による損額はきわめて大きいが,これについての補償がないのが現況である。
保安林指定の理由が消滅したり,また保安林が自然現象で破壊し,再生が不可能な場合,保安林に代わる機能を果たす施設が設けられた場合は,その指定は解除しなければならない。また,公益上必要を生じた場合には,指定を解除してその目的に供される。公共的な道路,ダム,飛行場,鉄道,気象観測施設,学校,公民館などがこれにあたる。しかし,近年,これらの公共施設の緊要度と保安林の使命の度合のバランスで,保安林解除が地域の社会問題となる場合が多くなっている。
執筆者:筒井 迪夫+橋本 与良
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…私藩の領主によって制定された御林は,御本山(弘前藩),御直山(秋田藩),御山(盛岡,福岡,小倉,臼杵,熊本の諸藩),御建山(水戸,福井,鳥取,松江,広島,山口,人吉の諸藩),御留山(名古屋,和歌山,高知の諸藩)などといい,あえて御林の称呼を避けるのが普通であった。これら公私の御林は,その制定目的によって(1)林業的な御林と(2)保安林的な御林とに大別される。(1)の御林は17世紀初頭からの略奪的な濫伐によって荒廃に傾いた山林の中での美林,または比較的に林相のすぐれた山林区域を限って一方的に設定されるものである。…
…このような目的で森林を取り扱う営為が(2)の内容である。保安林の適正配備,林地開発の規制,緑地の保存などがこのための森林保全の具体的行為となる。(3)の森林保全とは,森林がつくりだす緑や大気や良好な自然環境を,人間の心身の健全な発達に役だてることを目的として,森林を取り扱う営為が内容となる。…
※「保安林」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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