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橋本関雪 はしもと かんせつ

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美術人名辞典の解説

橋本関雪

日本画家。兵庫県生。明石藩儒橋本海関の長子。竹内栖鳳に師事。四条派に南画を加味した新南画を大成する。詩書歌にも秀でる。朝日賞受賞。帝展審査員・帝室技芸員帝国美術院会員。フランス政府よりシュバリエ・ド・レジョン・ド・ヌール勲章を授与される。昭和20年(1945)歿、61才。

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デジタル大辞泉の解説

はしもと‐かんせつ〔‐クワンセツ〕【橋本関雪】

[1883~1945]日本画家。兵庫の生まれ。本名、貫一。竹内栖鳳(たけうちせいほう)に師事。四条派の画風に南画などの技法を加味した画風で、関西日本画壇に重きをなした。作「玄猿」など。

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百科事典マイペディアの解説

橋本関雪【はしもとかんせつ】

日本画家。神戸生れ。本名関一。片岡公曠,竹内栖鳳に学ぶ。初期の文展に出品して認められ,帝展第1回より審査員となる。中国や日本の古画を研究,四条派文人画の技法に写実的表現を加え,格調ある表現に到達。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橋本関雪 はしもと-かんせつ

1883-1945 明治-昭和時代前期の日本画家。
明治16年11月10日生まれ。片岡公曠(こうこう),竹内栖鳳(せいほう)にまなぶ。文展で連続特選となり,大正8年の第1回帝展から審査員。中国や日本の古画を研究し,とくに動物画に格調ある画風を確立した。帝室技芸員,芸術院会員。昭和20年2月26日死去。63歳。兵庫県出身。本名は関一。代表作に「玄猿」「木蘭詩」「長恨歌(ちょうごんか)」,著作に「南画への道程」など。

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大辞林 第三版の解説

はしもとかんせつ【橋本関雪】

1883~1944) 日本画家。神戸市生まれ。本名、関一。四条派の画風に南画を加味した画風で、関西日本画壇の重鎮。作「玄猿」「琵琶行」「長恨歌」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

橋本関雪
はしもとかんせつ

[生]1883.11.10. 神戸
[没]1945.2.26. 京都
日本画家。本名は成常,のち関一。 1895年片岡公曠に南宗画を学び,1903年から竹内栖鳳に師事,06年神戸絵画研精会を組織。 13年中国を訪れてのちは,中国の風物や古典文学に題材を取った力作を次々に発表。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

橋本関雪
はしもとかんせつ
(1883―1945)

日本画家。神戸に生まれる。本名関一。父は漢学者で南画家の橋本海関。初め四条派の片岡公曠(こうこう)に学び、1903年(明治36)から竹内栖鳳(せいほう)に師事する。08年第2回文展で初入選。第4回展の『琵琶行(びわこう)』、第7回展の『遅日(ちじつ)』などで連年の受賞を重ね、16年(大正5)の第10回展から3回連続特選となる。19年の第1回帝展から審査員を歴任し、33年(昭和8)第14回帝展に『玄猿(げんえん)』を出品。34年帝室技芸員となり、翌35年には帝国美術院会員となった。この間、13年からしばしば中国に旅行し、21年と27年にはヨーロッパにも赴いている。南画、四条派の技法に日本、中国の古名画研究の成果を加えた独自の様式を創出。作域も風景、花鳥、人物と幅広く、40年には京都・建仁(けんにん)寺方丈襖絵(ほうじょうふすまえ)60面を完成した。そのほかの代表作に『木蘭詩(もくらんし)』『長恨歌(ちょうごんか)』など。著書に『関雪随筆』『支那(しな)山水随縁(ずいえん)』がある。京都で没し、その旧宅は白沙村荘(はくさそんそう)として公開されている。[二階堂充]
『橋本帰一編『橋本関雪素描名作集』全三巻(1972・白沙村荘) ▽兵庫県立近代美術館編『橋本関雪の世界』図録(1977・白沙村荘)』

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