中国,唐代の隠者,詩人である寒山と拾得のこと。9世紀ごろの人。確実な伝記は不明。ただ寒山の詩の語るところでは,寒山は農家の生れだったが本を読んでばかりいて,村人にも妻にも疎まれ,家をとび出して放浪の末に天台山に隠棲した。既成の仏教界からも詩壇からもはみ出した孤高な隠者として300余首の詩を残した。拾得と豊干(ぶかん)とは,寒山伝説がふくらむ過程で付加された分身と認められる。その詩は独自の悟境と幽邃(ゆうすい)な山景とを重ね合わせた格調高い一群のほかに,現世の愚劣さや堕落した僧侶道士を痛罵した一群の作品があり,ともに強固な自己疎外者としての矜持(きようじ)を語っている。9世紀末から禅僧の間で愛好され,これに擬した詩を作ることも流行した。一方で画題としても好んで取り上げられたが,そこで強調される奇矯な風狂ぶりは,詩そのものから得られるイメージとはまったく別もので,それは正体不明な閭丘胤(りよきゆういん)の〈序〉からの発想である。
執筆者:入矢 義高
寒山・拾得が画題として描かれるようになるのは,宋代以降で,禅僧や文人たちによってである。日本でも鑑賞絵画として作られた。ほうき,筆,巻物,書状を手にした蓬髪弊衣,草履またははだしの僧2人が笑い,あるいは問答するさまを単幅または双幅に分けて描く。梁楷,顔輝,因陀羅の古渡りの中国画,周文,明兆,霊彩,蕭白,蘆雪,鉄斎などの作品が名高い。
執筆者:古原 宏伸
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中国、唐代の禅僧。従来は唐代初期の人とされていたが、最近の研究では、二人とも実在の人物であるとして考えた場合、8世紀ごろ(盛唐から中唐の時期)に生きていたのであろうとされている。雲水の豊干(ぶかん)(生没年不詳)と三人で天台山(浙江(せっこう)省)国清寺(こくせいじ)に出入りし、ぼろをまとい、台所に入り込んでは僧たちの残飯を食していたという。三人をあわせて三隠、三聖と称する。この三人のことを記すのは、閭丘胤(りょきゅういん)の『三隠詩集』序であるが、閭丘胤は架空の人物であって、実際はだれなのか不明。閭丘胤に語ったという豊干の言によれば、寒山は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の化身、そして拾得は普賢(ふげん)菩薩の化身であったという。森鴎外(もりおうがい)の小説『寒山拾得』は、この閭丘胤の序文をもとに記されたものである。
三人の詩は、『三隠詩集』(寒山子詩集)に集められているが、寒山の詩というのがもっとも多くを占める(314首)。寒山の詩は、民衆を対象にした教訓的なものや禅の偈(げ)に似たものなどが多いが、なかには寒山にまつわる伝説をうたうものもあり、寒山伝説に関連して、禅僧や民衆の間でうたわれたものが、「寒山詩」としてまとめられたものであろう。作品はすべて五言古詩である。
寒山・拾得は、宋(そう)代、禅の流行とともに愛好され、しばしば禅画の画題とされた。現存する寒山・拾得の図では、顔輝(がんき)(東京国立博物館)、可翁(かおう)(相国寺竜光院)、周文(東京国立博物館)、明兆(みんちょう)(東福寺)、海北友松(かいほうゆうしょう)(妙心寺)の作などが知られている。
[鈴木修次 2017年1月19日]
『入矢義高注『中国詩人選集5 寒山』(1958・岩波書店)』▽『入谷仙介・松村昂編『禅の語録13 寒山詩』(1970・筑摩書房)』
森鴎外(おうがい)の短編小説。1916年(大正5)1月号の『新小説』に発表。「寒山子詩集序」を材料とした、鴎外最後の歴史小説。唐代の官吏閭丘胤(りょきゅういん)が、豊干(ぶかん)という托鉢(たくはつ)僧の示唆で、天台山国清寺(こくせいじ)に赴き、寺の厨(くりや)で、拾得と寒山に会ったはよいが、恭しく正規の名のりをあげて、笑い飛ばされる話。世俗の権威主義、価値観を否定し、裸の人間それ自体の尊厳を象徴化した、鴎外短編中の逸品である。鴎外の退官直前の作品で、閭丘胤には、それまでの官吏鴎外自身も託されているとみられる。
[磯貝英夫]
『『山椒大夫・高瀬舟 他四編』(岩波文庫)』
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…寺域は天下四絶の一つに数えられ,寺前に豊干橋(ぶかんきよう)がある。唐代,寒山・拾得と塵外の交りをしたとされる禅僧の名にちなむものである。この三賢説話は,《寒山子詩集》の閭丘胤(りよきゆういん)の序に見えるのがおそらく最も早い時期のものであるが,8世紀以後に禅宗諸派,特に牛頭(ごず)禅が独自の法灯を主張し始めることと,本説話形成とは関連すると思われる。…
※「寒山拾得」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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