長恨歌(読み)ちょうこんか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

長恨歌
ちょうこんか

山田流箏曲曲名。「ちょうごんか」とも読む。正しくは『長恨』。流祖山田検校作曲の奥歌曲四つ物の一つ。高井薄阿作詞ともいう。

長恨歌
ちょうごんか
Chang-hen-ge

中国,中の長編叙事詩白居易。七言 120句。元和1 (806) 年成立。唐の玄宗楊貴妃の愛情生活を綴る。通俗的な興味に陥らず,悲劇的恋愛真正面から描いた格調高い傑作で,全国で愛誦されて白居易の詩名を高め,後世文学にも大きな影響を与えた。日本でも『源氏物語』をはじめ多くの作品に引用されるなど,広く愛好されてきた。

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デジタル大辞泉の解説

ちょうごんか〔チヤウゴンカ〕【長恨歌】

中国、唐代の詩人白居易の長編叙事詩。玄宗楊貴妃との愛と悲しみをつづった七言古詩。源氏物語など、日本文学に大きな影響を及ぼした。
箏曲(そうきょく)。寛政12年(1800)以前に山田検校作曲によるもので、高井薄阿の作詞という。山田流四つ物の一。
檀一雄長編小説。昭和25年(1950)発表。同年、「真説石川五右衛門」とあわせ第24回直木賞受賞。

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百科事典マイペディアの解説

長恨歌【ちょうごんか】

中国,唐の詩人白居易の七言詩。120句からなる古調子で,玄宗皇帝と楊貴妃の情事をロマンティックな手法でつづった叙事詩であるが,作者の空想は死後の世界にも及び,構想は壮大。元以後戯曲の題材となり,白仁甫の《梧桐雨》,屠隆の《彩毫記》が生まれた。日本では《源氏物語》などに影響。
→関連項目長生殿

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうごんか【長恨歌 Cháng hèn gē】

中国,中唐の白居易の作。〈ちょうこんか〉ともいう。806年(元和1)に成ったもので,七言で120句の長編物語詩の体裁をもつ。唐代極盛期の玄宗皇帝と楊貴妃の愛の生活をテーマとする。出会い,結ばれてから,安禄山の乱,楊貴妃の死,その後の帝の心境などを,おおむね史実に即しつつ,想像による脚色をも加え,小説的構成の中で華麗に描く。すでに発表当時から人々に愛唱された。【荒井 健】
[日本での受容
 日本では舶来の《白氏文集》を通して《長恨歌》も平安朝貴族のあいだで親しまれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長恨歌
ちょうごんか

中国、唐代の詩人白居易(はくきょい)の叙事的な長歌。806年の作。120行。題意は「永き嘆きの歌」。題材は玄宗(げんそう)皇帝の楊貴妃(ようきひ)に対する悲恋の物語。初め「漢皇 色を重んじ 傾国を思う」と歌い起こされる。漢の武帝の、「国を傾ける」ほどの美形李(り)夫人に対する、その死後にまで及ぶ厚い愛情を重ね合わせながら、二重写しの映像のように、趣(おもむき)深く歌おうとする。第1章は、最高の権威たる皇帝玄宗と、絶世の美女楊貴妃との奇(く)しき巡り合いと、そのゆえに玄宗の楊妃に傾ける、現実を無視した並ならぬ愛情を歌う。第2章は、安禄山(あんろくざん)の乱という厳しい現実の復讐(ふくしゅう)を受け、都落ちの道すがら、なすすべもなく楊妃を死に追いやったあとの、玄宗のたとうべくもない悲痛な心情を深々と調べる。第3章は、ふたたび都へ帰りえたものの、事に触れ物を見ては楊妃を思い、ひたすらに回想のなかに沈んでいく玄宗の、人間の哀れさを彫り深く刻み上げる。第4章は、幻術を使って楊妃の魂を尋ねる道士を介し、天上と人界との隔絶のゆえに、「天に在(あ)りては 願わくは比翼の鳥と作(な)らん、地に在りては 願わくは連理の枝と為(な)らん」というひそかな誓いが破れ、「此(こ)の恨(うらみ) 綿綿として 絶ゆる期(とき)無けん」と、残された者の生きる限り抱かねばならぬ嘆きを、余韻長く響かせる。

 一編は変化極まりない叙事の間に、愛における喜び、悲しみ、寂しさなど、叙情の閃光(せんこう)をきらめかし、ひたむきのゆえにかえって嘆かねばならぬ人間の愛の形をせり上げる。歌の調べも七言の流麗さを生かし、行ごとにリズムを弾ませ、脚韻をかえるごとに事態を飛躍させ、飽くことのない響きを奏でる。作者自ら顧みて、「一篇(ぺん)の長恨 風情有り」というように、「風情」の作として当時からもてはやされた。ためにその没後、宣宗皇帝も弔詩を捧(ささ)げて、「童子も解(よ)く吟ず 長恨の曲」とたたえるほど広く賞(め)でられた。後世でも愛唱され続け、詩歌や小説、さらに戯曲に取り上げられ、中国近世文学に限りなく題材を与えた。わが国でも、平安期から、歌壇をはじめ『源氏物語』などに色濃く投影した。下っては謡曲から物語など、いろいろな領域に取り入れられた。江戸期には「長恨歌図」がさまざまに描かれ、箏曲(そうきょく)、小説にも組み込まれ、俳壇にも示唆を与え、柳壇にも至った。現代でも映画なり小説なりの制作動機ともなっている。わが国に及ぼした影響には、まことに計り知れぬものがある。

[花房英樹]

『アーサー・ウェーリー著、花房英樹訳『白楽天』(1959・みすず書房)』『花房英樹著『白居易研究』(1971・世界思想社)』『近藤春雄著『長恨歌・琵琶行の研究』(1981・明治書院)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

ちょうごんか チャウゴンカ【長恨歌】

[一] 中国の詩編。七言古詩一二〇行、唐の白居易(楽天)撰。玄宗皇帝が楊貴妃への愛に溺れて政を怠り、安祿山の乱をひき起こし、貴妃を失った深い悲しみをうたった詩。陳鴻の「長恨歌伝」を付したものがある。抒情にすぐれ、後代や日本文学への影響が大きい。
[二] 箏曲。山田流。高井薄阿作詩。山田検校作曲。歌詞は、白楽天の同名の長詩の終わりの部分で、玄宗の使者として方士が貴妃の霊に会う物語。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

長恨歌
ちょうごんか

唐の詩人白居易 (はくきよい) (白楽天)が作った叙事詩
唐の玄宗と楊貴妃の恋愛をロマンチックにうたったもの。

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世界大百科事典内の長恨歌の言及

【楊貴妃】より

…クセと序ノ舞を中心にすえた本三番目物だが,唐土の人物である点,一場物に構成されている点など,かなり特異な色合いがある。箏曲の《長恨歌》に影響。【横道 万里雄】。…

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