中国、唐代の詩人白居易(はくきょい)の叙事的な長歌。806年の作。120行。題意は「永き嘆きの歌」。題材は玄宗(げんそう)皇帝の楊貴妃(ようきひ)に対する悲恋の物語。初め「漢皇 色を重んじ 傾国を思う」と歌い起こされる。漢の武帝の、「国を傾ける」ほどの美形李(り)夫人に対する、その死後にまで及ぶ厚い愛情を重ね合わせながら、二重写しの映像のように、趣(おもむき)深く歌おうとする。第1章は、最高の権威たる皇帝玄宗と、絶世の美女楊貴妃との奇(く)しき巡り合いと、そのゆえに玄宗の楊妃に傾ける、現実を無視した並ならぬ愛情を歌う。第2章は、安禄山(あんろくざん)の乱という厳しい現実の復讐(ふくしゅう)を受け、都落ちの道すがら、なすすべもなく楊妃を死に追いやったあとの、玄宗のたとうべくもない悲痛な心情を深々と調べる。第3章は、ふたたび都へ帰りえたものの、事に触れ物を見ては楊妃を思い、ひたすらに回想のなかに沈んでいく玄宗の、人間の哀れさを彫り深く刻み上げる。第4章は、幻術を使って楊妃の魂を尋ねる道士を介し、天上と人界との隔絶のゆえに、「天に在(あ)りては 願わくは比翼の鳥と作(な)らん、地に在りては 願わくは連理の枝と為(な)らん」というひそかな誓いが破れ、「此(こ)の恨(うらみ) 綿綿として 絶ゆる期(とき)無けん」と、残された者の生きる限り抱かねばならぬ嘆きを、余韻長く響かせる。
一編は変化極まりない叙事の間に、愛における喜び、悲しみ、寂しさなど、叙情の閃光(せんこう)をきらめかし、ひたむきのゆえにかえって嘆かねばならぬ人間の愛の形をせり上げる。歌の調べも七言の流麗さを生かし、行ごとにリズムを弾ませ、脚韻をかえるごとに事態を飛躍させ、飽くことのない響きを奏でる。作者自ら顧みて、「一篇(ぺん)の長恨 風情有り」というように、「風情」の作として当時からもてはやされた。ためにその没後、宣宗皇帝も弔詩を捧(ささ)げて、「童子も解(よ)く吟ず 長恨の曲」とたたえるほど広く賞(め)でられた。後世でも愛唱され続け、詩歌や小説、さらに戯曲に取り上げられ、中国近世文学に限りなく題材を与えた。わが国でも、平安期から、歌壇をはじめ『源氏物語』などに色濃く投影した。下っては謡曲から物語など、いろいろな領域に取り入れられた。江戸期には「長恨歌図」がさまざまに描かれ、箏曲(そうきょく)、小説にも組み込まれ、俳壇にも示唆を与え、柳壇にも至った。現代でも映画なり小説なりの制作動機ともなっている。わが国に及ぼした影響には、まことに計り知れぬものがある。
[花房英樹]
『アーサー・ウェーリー著、花房英樹訳『白楽天』(1959・みすず書房)』▽『花房英樹著『白居易研究』(1971・世界思想社)』▽『近藤春雄著『長恨歌・琵琶行の研究』(1981・明治書院)』
中国,中唐の白居易の作。〈ちょうこんか〉ともいう。806年(元和1)に成ったもので,七言で120句の長編物語詩の体裁をもつ。唐代極盛期の玄宗皇帝と楊貴妃の愛の生活をテーマとする。出会い,結ばれてから,安禄山の乱,楊貴妃の死,その後の帝の心境などを,おおむね史実に即しつつ,想像による脚色をも加え,小説的構成の中で華麗に描く。すでに発表当時から人々に愛唱された。
執筆者:荒井 健
日本では舶来の《白氏文集》を通して《長恨歌》も平安朝の貴族のあいだで親しまれた。しかしそれは今でも三条西家に1300年(正安2)書写の本が残るように,耳から聴かれず,目で見て読まれ,屛風絵に描かれ(《伊勢集》《源氏物語》),一種のロマンスとして知られたらしい。《源氏物語》をはじめ,《枕草子》《更級日記》《大鏡》《和漢朗詠集》などにその痕跡がみられる。やがて,一つの故事としても説話集に採られ,《唐物語》に一種の和訳がなされたのをはじめ,《今昔物語集》《太平記》などにその関心がうかがわれる。また,文句そのものも,よほど愛唱されたらしく,《平家物語》や近松門左衛門の諸作などに,それらしい痕跡はかなりある。謡曲には金春禅竹の作と伝える《楊貴妃》がある。このように《長恨歌》は感傷詩として長く日本の古文を彩ってきた。
執筆者:神田 秀夫
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…クセと序ノ舞を中心にすえた本三番目物だが,唐土の人物である点,一場物に構成されている点など,かなり特異な色合いがある。箏曲の《長恨歌》に影響。【横道 万里雄】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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