機械構造用鋼(読み)きかいこうぞうようこう

改訂新版 世界大百科事典 「機械構造用鋼」の意味・わかりやすい解説

機械構造用鋼 (きかいこうぞうようこう)

機械の機能的でかつ強度を必要とする部品に使用する鋼。いちばん安価なのは,いわゆるSC材と呼ばれる普通炭素鋼で,これにクロムモリブデンを添加したクロム・モリブデン鋼(SCM材),さらに強靱(きようじん)さを上げるためにニッケルを加えたニッケル・クロム・モリブデン鋼(SNCM材)がこれに当たる。これらは肌焼鋼といわれ,おもな合金元素はクロム,モリブデン,ニッケルである。製鋼の際に入るいわゆる鉄の五元素(C,Mn,Si,P,S),アルミニウムおよび窒素と,さらに,ホウ素バナジウムニオブチタン,銅などを添加して,焼入れ性焼入れ・焼戻し後の組織を制御する。焼入れ性を改善する合金元素の作用の順位は,ホウ素,バナジウム,ニオブ,チタン,マンガン,モリブデン,クロム,銅,ケイ素,ニッケルとなっている。しかし,ケイ素とニッケルを除く元素には有効限界量があって,ホウ素は0.002%以内,バナジウム,ニオブ,チタンは0.15%以内,モリブデンは0.25%程度が適量といわれている。炭素量としては0.3%から0.5%程度のものが用いられる。機械構造部品に加工する前には焼きならしや球状化焼きなましを行って,セメンタイトなどの炭化物を球状化させて切削しやすい硬度に調整する。熱処理を行うと相変態や析出により膨張収縮を行って寸法変化をするので,その寸法調整すなわち研磨代(しろ)を見て切削仕上げをしなければならない。十分な高温で組織をオーステナイト化し,炭化物生成元素もなるべくオーステナイトに固溶させて,部品の主要部分がマルテンサイト組織になるような冷却条件で焼入れを行う。しかし焼入れにともなう変形で発生する応力のため,焼割れが生ずるおそれがあるので,冷却条件はあまり厳しすぎないように,冷却速度が比較的遅い油浴への焼入れが用いられる。焼き入れられた材料は小型のものは中心までマルテンサイトになるが,大型のものは表面からマルテンサイト,下部ベイナイト,上部ベイナイト,トルースタイト(微細パーライト),そして中心部にパーライトの順に組織が分布する。表面の硬さの調整と強靱性を上昇させるために,焼入れ後200~600℃の温度で焼戻しを行う。200~300℃では表層組織はマルテンサイトのままで微細炭化物の析出がみられる程度であるが,500~600℃で焼き戻すとトルースタイトと析出炭化物の混合状態となる。これらの組織の状態が強度と靱性に多大の影響を与えるので,使用される状況に対して適切な熱処理を行うことが重要である。炭素鋼に限らずこの鋼は,成分調整以外に熱処理条件の選定によって,広範囲の力学的性質を発揮させることができる。

 機械構造用鋼の取扱い上とくに注意しなければならないことは,白点の発生防止と焼戻し脆性(ぜいせい)の防止である。白点は,オーステナイトと,フェライトまたはマルテンサイトとの間で水素の固溶度が大幅に異なることに起因して生じるもので,鋼の内部の引張応力が作用している面に沿って,弾性ひずみエネルギーを軽減させつつ析出する水素ガスが組織を分断することによって生ずる亀裂の内発的な核をいう。白点の防止は,まず,製鋼・鋳造・熱間圧延の過程で鋼に水素が入りこまないように注意することであり,とくに工場内の湿度が重要な要因となる。また,オーステナイトから変態するときの冷却速度を低くし,鋼から水素をいったん追い出すようにしなければならない。このために圧延後の冷却鋼材は,砂床の上などのとくに冷却速度を緩和するような条件で冷却させる対策が必要である。焼戻し脆性の防止のためには,500~600℃で焼き戻した後,485℃付近で徐冷して常温まで冷却すると,モリブデンを含まない鋼ではシャルピー値が激減するので,焼戻し処理後の冷却速度を大きくとらなければならない。この焼戻し脆性の原因については,含クロム鋼ではクロムと鉄との金属間化合物のσ相析出によるとの説があるが,この現象の明快な説明はまだされていない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の機械構造用鋼の言及

【強靱鋼】より

…強靱さをもつ金属材料は,主として引張破断のときの消費エネルギーが大きい。このような強靱さを必要とする鋼としては機械構造用鋼がある。また,共析鋼を冷間線引きし,低温焼きなましをして製造するピアノ線や,ニッケルを合金元素としてアルミニウムやチタンを添加したマルエージング鋼も強靱な材料として開発されたものである。…

【特殊鋼】より

…(2)使用される際の金属組織に由来する名称 フェライト鋼,オーステナイト鋼,マルテンサイト鋼,二相鋼(高張力鋼ではフェライト+ベイナイトまたはマルテンサイト,ステンレス鋼ではフェライト+オーステナイト)など。(3)用途・特性による分類 (a)一般構造用鋼 低合金高張力鋼,強靱(きようじん)鋼,超強力鋼など,(b)機械構造用鋼 肌焼鋼快削鋼ばね鋼,ベアリング鋼,耐摩耗鋼など,(c)工具鋼 低合金工具鋼,高速度鋼,ダイス鋼,鍛造用形鋼,(d)耐食鋼 耐候鋼,耐硫酸鋼,耐水素誘起割れ鋼,ステンレス鋼,超合金耐食鋼など,(e)耐熱鋼Cr‐Mo鋼,ステンレス鋼,超合金耐熱鋼など,(f)特殊用途鋼 永久磁石鋼,電磁鋼板,制振鋼板,低温用鋼,非磁性鋼など(表2に用途別の種類をまとめて示す)。(4)有名な通称をもつ鋼 (a)KS鋼 本多光太郎の発明したCo‐Cr‐Wを成分とする永久磁石鋼で,焼入れをして使う。…

※「機械構造用鋼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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