ドイツ語のテーゼThese、アンチテーゼAntithese、ジンテーゼSyntheseの訳語である定立、反定立、総合を略したもの。フィヒテが『全知識学の基礎』(1794)で用いた概念であるが、マルクスやイギリスのヘーゲル学派がこの概念を借用して、ヘーゲルの弁証法を通俗的に説明したところ、日本にヘーゲル哲学が紹介されたとき、誤ってヘーゲルそのものが用いた概念であるかのように解され、日本では、そのままほぼ定着している。ヘーゲル自身は、分析的analytischと総合的synthetischというカントの用語法に比較的忠実であり、自己の方法を「弁証法」と名づける以前に「総合的とも分析的とも名づけられない体系の方法」とよんで、フィヒテ流の「総合・反立」というような概念操作を手厳しく批判している。「正・反・合」をヘーゲルの概念であると誤解した場合に生ずる内容上のずれは、ヘーゲルの弁証法が著しく「総合」に重点を置くもののように解される点にある。彼は「〈あれかこれかEntweder-Oder〉以外にまだ第三のものがあることを知っていなければ、思弁的なものを知っているとはいえない。この第三のものとはすなわち〈あれもこれもSowohl, als auch〉と、〈あれでもこれでもないWeder-Noch〉とである」と語って、双方の否定を踏まえない安易な総合を退けている。
フィヒテは、人間の知識の何物にも依存しない根本命題を求めて、それはまず「自我=自我」という第一原理にあるという。同一律A=Aが成り立つためには、AをAだと知る自我が自己同一者として自己を存在させるのでなければならない。ところが、非AはAでないといえるためには、自我に対立する非我がなければならない(第二原理)。同じ自我がAと非Aを区別するのであるから、自我の内部に分けられた自我と非我があることになる(第三原理)。
ここから、彼は、対立の徴標を求める操作を「反立」的とよんで、対立に等しさの徴標を求める操作を「総合」的とよび、ともに第一原理の表す「定立」に基づくものとしたのである。
[加藤尚武]
『廣松渉編『世界の思想家12 ヘーゲル』(1976・平凡社)』▽『マルクス著、山村喬訳『哲学の貧困』(岩波文庫)』
…いっさいの悟性的固定化の排却と相即する弁証法的存在観においては,万物が流転的生滅の通時的変化相で観ぜられるだけでなく,万象が相互的浸透の共時的関連相で観ぜられる。この存在観のもとでは,いわゆる〈実体〉や〈本質〉でさえ変化するものとされ,しかもその変化は〈否定の否定〉を通じて,正・反・合の段階的進展相を呈するものとされる。
[マルクス,エンゲルス]
マルクスは,ヘーゲル弁証法の〈観念論的倒錯〉を是正しつつ,合理的核心を継承しようとする。…
※「正反合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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