正常圧水頭症(読み)セイジョウアツスイトウショウ

デジタル大辞泉 「正常圧水頭症」の意味・読み・例文・類語

せいじょうあつ‐すいとうしょう〔セイジヤウアツスイトウシヤウ〕【正常圧水頭症】

頭蓋内圧の上昇を伴わない水頭症歩行障害・認知障害・失禁などの症状が現れ、脳室の拡大が認められる。髄液シャント術によって改善する。NPH(normal pressure hydrocephalus)。
[補説]原因が明らかな続発性正常圧水頭症sNPH)と、原因がはっきりしない特発性正常圧水頭症iNPH)があり、後者は高齢者に多い。

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内科学 第10版 「正常圧水頭症」の解説

正常圧水頭症(髄液循環異常)

(1)正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus:NPH)
定義・概念
 正常圧水頭症とは,脳室拡大があるにもかかわらず髄液圧が正常で,歩行障害,認知症,尿失禁の症状を有し,かつ,髄液シャント術にて症状の改善を得る例をいう.
分類
 くも膜下出血髄膜炎などの先行疾患が明らかな二次性と,先行疾患が不明な特発性とに分類される.両者の違いを表15-16-1に示す.
病態生理
 二次性も含めた正常圧水頭症の病態機序として重要と考えられるのは,髄液循環障害と脳実質障害である.この両者の相互作用によって症状の発現がみられると考えられる.
1)二次性正常圧水頭症:
くも膜下出血後や外傷・髄膜炎後にみられる二次性正常圧水頭症では,脳底部のくも膜下腔は癒着により閉鎖し,髄液の循環障害が脳室拡大や脳室周囲白質への浮腫をもたらす.髄液循環障害にくも膜下出血や外傷・髄膜炎による脳実質損傷が加わって症状発現に至ると考えられる.
2)特発性正常圧水頭症:
特発性例についても,基本的には髄液循環障害と脳実質障害が関与していると考えられる.高齢者の脳実質障害では慢性脳虚血や神経組織の変性が関与していると考えられる.
臨床症状
 正常圧水頭症の代表的な症状である歩行障害,認知症,尿失禁の3つを古典的3徴候とよぶが,3徴候すべてがそろっていない場合もありうる.二次性では,これらに加えて意識障害や片麻痺などの症状を伴うこともある.正常圧水頭症の歩行障害は,小刻み,すり足,大股,不安定が特徴である.認知症としては記銘力,作業能力や集中力の低下が主体となることが多い.尿失禁は高齢者では頻度の多い症状であり,非特異的である.尿失禁が初発症状になることはまれである.
検査成績
 画像診断で最も多く用いられるのは,CTあるいはMRIである.くも膜下出血後の二次性例ではくも膜下出血後3~4週以後に次第に脳室が拡大し,脳室周囲白質にCTであれば低吸収域,MRIのT1強調画像であれば低信号域,T2強調画像であれば高信号域が認められるようになる.くも膜下腔は癒着のために脳溝やSylvius裂の拡大はみられない(図15-16-1).
 特発性例は,従来,脳室の軽度~中等度拡大以外には明らかな特徴はなく,脳萎縮との鑑別が困難とされていた.近年,脳室拡大に加えて,高位円蓋部くも膜下腔の狭小化およびそれとは不均衡なSylvius裂の拡大が重要視されており,水頭症でもくも膜下腔の形態に注意が必要ということから,disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus(DESH)とよばれている(Hashimotoら,2010)(図15-16-2).
 二次性例では,くも膜下出血などにより脳底槽に癒着が起こるために髄液の流通が障害される.二次性例では脳槽造影での脳室内逆流や脳室内長期停滞はシャント術有効の陽性所見としてよく知られている.一方,特発性例での脳槽造影の診断的意義はないとされている.
 脳血流検査では正常圧水頭症において全般的な血流低下,特に前頭葉,側頭葉の皮質および脳室周囲の血流低下を認めることが多い.
 CSFタップテスト(髄液排除試験)は髄液を一定量排除するもので,歩行を中心とする症状の改善がみられれば,シャント術が有効である確率が高い.特発性正常圧水頭症診療ガイドライン(日本正常圧水頭症学会,2011)では19ゲージ以上の太い穿刺針腰椎穿刺を行い,排液量は30 mLまたは終圧ゼロになるまで髄液を排除することを推奨している.タップテストの診断特異度は高いが,感度がやや低い.しかし,症状変化の詳細な観察などで診断精度は向上する(Ishikawaら,2012).
診断
 二次性例ではくも膜下出血や髄膜炎後に発症する.CTで進行性の脳室拡大がみられることが多いので,症状と画像を合わせれば,診断はそれほど困難ではない.脳槽造影での脳室内逆流や脳室内長期停滞,あるいは髄液排除試験で症状改善の有無をみることも有用である.
 一方,特発性の場合は歩行障害や物忘れといった症状を呈するが,高齢者では非特異的なため,まず疑いをもつ必要がある.特発性例では歩行障害の頻度が最も高く,単一の症状である例も少なくない.CSFタップテスト陽性であればシャント手術適応ありとする.診療ガイドラインに基づく特発性例に対する診断の流れを図15-16-3に示す.
鑑別診断
 特発性例は高齢者によくみられる非特異的な症状を有しているために,類似の疾患は多い.なかでもParkinson病やBinswanger病は症状や画像が類似しており,注意が必要である.前者とは手指振戦がないことで鑑別可能である.後者では合併もあり得るが,タップテスト陽性であれば正常圧水頭症の要素を有している.
経過・予後
 5年以上にわたる長期観察でもシャント効果が持続する例が多いことが知られている.歩行障害は最も早期かつ高頻度に改善が得られる.
治療・予防・リハビリテーション
 脳室腹腔シャント術が一般的であるが,脳室腰部くも膜下腔シャント術も行われる.肥満と便秘にはシャント機能不全をきたしうる.[石川正恒]
■文献
Hashimoto M, Ishikawa M, et al: Diagnosis of idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-based scheme: a prospective cohort study. Cerebrospinal Fluid Res, 7: 18, 2010.
Ishikawa M, Hashimoto M, et al: The value of the cerebrospinal fluid tap test for predicting shunt effectiveness in idiopathic normal pressure hydrocephalus. Fluids Barriers, CNS. 9: 1, 2012.
日本正常圧水頭症学会:特発性正常圧水頭症ガイドライン,メディカルレビュー社,東京・大阪,2011.

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「正常圧水頭症」の意味・わかりやすい解説

正常圧水頭症
せいじょうあつすいとうしょう
normal pressure hydrocephalus

脳室という脳内部の空間が拡大する「水頭症」のうち、頭蓋骨(とうがいこつ)内部の圧が上昇しないタイプをさす。NPHと略称される。過剰になった脳脊髄(せきずい)液の影響で、とくに前頭葉が障害され、歩行障害・認知障害・排尿障害の三主徴が現れる。脳室では1日に約500ミリリットルの脳脊髄液がつくられ、つねに入れ替え(産生と吸収)が行われている。その脳脊髄液の脳や脊髄表面における吸収上の不具合を本症の主原因と考えるものが多い。

 正常圧水頭症は特発性・二次性・家族性に分類される。もっとも多い特発性正常圧水頭症は、おもに高齢者に起こり、日本では65歳以上の人の1~2%にみられるとされる。それだけにアルツハイマー病などの認知症との鑑別が問題になる。また、くも膜下出血や髄膜炎などの後遺症として生じるのが二次性である。ごくまれだが、遺伝的要因により発症すると考えられる家族性もある。

 正常圧水頭症の診断では脳室の拡大を確認することが重要で、頭部CT、MRI検査が有用である。また過剰にたまった脳脊髄液を排除すると、歩行障害などの症状が改善するケースが多い。そこで腰椎(ようつい)を穿刺(せんし)して、くも膜下腔(くう)から脳脊髄液を少量抜き取り、その後2、3日以内における症状の変化を評価する。これをタップテストといい、脳脊髄液を身体のほかの部位へ導く経路を造る手術(シャント手術)の適否などの治療方針を決めるうえでも重要である。具体的な手術法として、「脳室―腹腔シャント」と「腰椎―腹腔シャント」が主流である。

[朝田 隆 2024年3月19日]

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世界大百科事典(旧版)内の正常圧水頭症の言及

【脳動脈瘤】より

…血管攣縮は,くも膜下腔へ流出した血液成分の分解産物が原因と考えられるが,これに対する治療法はまだ確立されていない。くも膜下出血のもう一つの合併症として正常圧水頭症がある。これは髄液(脳脊髄液)の循環状態が異常をきたしたもので,脳室―腹腔短絡術が功を奏する。…

※「正常圧水頭症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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