歯科治療(読み)しかちりょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「歯科治療」の意味・わかりやすい解説

歯科治療
しかちりょう

歯およびその周囲組織の疾患の治療をいう。歯、歯周組織、舌、顎(がく)関節、上顎洞唾液腺(だえきせん)、および口唇などの疾患が対象であり、耳鼻咽喉(いんこう)科、眼科、皮膚科および形成外科の治療対象と一部重複する。一般的には、う蝕(しょく)(歯質の崩壊をきたす疾患。いわゆるむし歯)や歯周病(主として歯槽膿漏(のうろう))の治療によって歯を保存したり、抜歯その他の理由でなくなった歯を補う補綴(ほてつ)処置(義歯)が治療の大部分を占める。成人では、むし歯と歯周病に罹患(りかん)している人が多いので、ほとんどの人が歯科治療の対象となる。

 歯科治療は年齢別には、小児歯科、成人歯科、老人歯科に大別される。また、治療内容によっては、それぞれの年齢層について、保存歯科治療、口腔(こうくう)外科治療、補綴歯科治療および矯正歯科治療に分類される。なお、これらの歯科治療のためには、術前、術中あるいは術後にX線写真撮影を行ったり、除痛のための麻酔法が応用されることが多い。口腔癌(こうくうがん)や三叉(さんさ)神経痛のような特殊な疾患では、放射線照射療法あるいは疼痛(とうつう)抑制法が用いられる。

[小林千尋]

保存歯科治療


 歯を抜くことなく、むし歯の実質欠損部を人工的材料で修復したり、歯の痛みを止めるために歯髄を除去したり、あるいは歯周疾患の治療を行い、歯本来の機能を営ませようとする保存的な治療法である。う蝕(しょく)(以下、歯科学的説明ではこの語を用いる)は、細菌感染によって生じる歯の硬組織(エナメル質、象牙(ぞうげ)質、セメント質)の疾患であり、初めはエナメル質に限局している。この状態をエナメル質う蝕または第1度う蝕(C1)といい、まだ痛みを生じることはない。う蝕が進んで象牙質にまで達すると、象牙質う蝕または第2度う蝕(C2)とよばれ、冷水、冷気、温水などが歯に触れるとしみたり、痛みが出るという知覚過敏の状態となる。う蝕がさらに進み、象牙質を通過して歯髄腔(くう)にまで達すると、エナメル質、象牙質の欠損とともに、細菌の毒素や細菌の分解産物によって歯髄に炎症が生じてくる(歯髄炎)。歯髄炎をおこすと激しい痛みのために自由に食事ができなくなり、夜眠れないこともある。この状態のう蝕を第3度う蝕(C3)とよび、歯髄の摘出処置が必要となる。同じ第3度う蝕であっても、う窩(か)(むし歯による穴)が大きくなり、歯髄が口腔内に露出した状態になると、通常では痛みを感じることはない。しかし、食物がう窩をふさいだり、う窩にかみ込まれたりすると痛みが生じる。この状態が続いているうちに歯髄は徐々に壊死(えし)に陥り、まったく痛みを感じないようになる。ところがこれを放置しておくと、病変はさらに深部に進み、歯の根尖(こんせん)部に化膿(かのう)性の慢性炎症が生じる。根尖部の慢性炎症では、普通、痛みを感じることはないが、体調が悪く、全身の抵抗力が減退すると急性化し、歯の挺出(ていしゅつ)感(浮き上がったような感じ)や激しい自発痛、打診痛を生じ、しだいに根尖部の歯肉や顔面の腫脹(しゅちょう)がみられるようになる。この時期には、歯槽骨炎骨髄炎を併発しているので、発熱があり、全身状態が悪化することがある。急性根尖性歯周炎のときの痛みは、歯髄炎の痛みと違って、はっきりとその場所を患者自身で指摘できるのが特徴である。う蝕によって歯冠(歯ぐきから出ている部分)がほとんど崩壊し、残根状態となったものは第4度う蝕(C4)とよばれる。多くの場合、抜歯が適応となる。このように残根状態となった歯では、痛みを感じることは少ない。

 歯と歯槽骨表面を覆っている歯肉に炎症が生じると、歯と歯肉との間のポケット(溝)が深くなり、歯を支えている歯槽骨が徐々に吸収され、歯が動揺するようになる。この状態が辺縁性歯周炎(いわゆる歯槽膿漏)である。歯肉に炎症を生じさせる原因の大部分は、歯の表面に付着、増殖する細菌の集落であり、プラークplaqueとよばれている。

 歯の保存治療は、う蝕や歯周炎の進行程度によって異なるが、以下にその概要を示す。

[小林千尋]

小さなう蝕の治療

う蝕第1度(C1)ないし第2度(C2)では、歯の実質欠損部を人工的材料で修復するだけでよい(歯牙充填(しがじゅうてん)法)。現在、主として用いられる材料により、レジンアクリル樹脂)修復、アマルガム修復、インレー修復などに分けられる。歯の欠損部を補うためには、まず、う蝕によって軟化したう蝕象牙質を取り除き、健康な歯の一部にまで削除修正を加え、修復に適した形態に形成準備しなくてはならない。人工材料による修復に適するように形成された歯の欠損部分を窩洞(かどう)とよんでいる。窩洞は、修復後ふたたびう蝕が生じない、修復物や修復された歯が割れることがない、また人工材料を詰めやすいなどの条件を満たす必要がある。したがって、小さなむし歯と思っても、実際の修復の際には大きな窩洞になることも少なくない。しかし、最近は歯質に接着するレジンが出現し、窩洞の形態が著しく変わってきた。すなわち、う蝕に罹患(りかん)している歯質のみを除去し、健康な組織を露出させ、そこに修復材料のレジンを接着させることが可能となったわけである。この方法によれば、余分な歯質を削る必要がなく、歯を削るときの痛みも最小限にとどめることができる。

〔1〕レジン修復 レジン修復には、現在、コンポジットレジンがおもに用いられている。コンポジットレジンとは、アクリリックレジンとエポキシレジンの共重合体に60~80%の水晶やホウケイ酸ガラスの粉末を加えて、温度膨張係数を減らすと同時に硬さを増したものである。さらに最近では、歯との接着性を求め、エナメル質や象牙質の表面をリン酸でエッチング(酸蝕)すると、象牙質とは15kg/cm2以上、エナメル質とでは100kg/cm2以上(37℃の水中で1週間保管後)の接着力が得られるというデータが出されている。こうしたレジンの歯質への接着力は、エナメル質の場合、エッチングによってエナメル質表面に微細な凹凸が生じ、これから象牙細管内容物が溶解除去されて象牙細管中に無数のレジンタッグ(レジンの足)がつくられ、投錨(とうびょう)効果が得られるためと考えられている。象牙質のエッチングにおいては新たな歯髄刺激も危惧(きぐ)されるが、封鎖性がよくなるため、微小漏洩(ろうえい)による細菌の侵入がなくなり、歯髄刺激はあまりおこらないとする説もある。

 小児の永久歯においては、う蝕のおこりやすい臼歯咬合(きゅうしこうごう)面の溝をレジン系の材料で封鎖し、う蝕を防ぐ方法も行われている。これを予防充填という。

〔2〕アマルガム修復 歯科で用いられるアマルガムとは、普通、銀スズアマルガムのことをさす。この修復における原理は、銀とスズの合金粉末と水銀とを練和すると、合金粉末の表層が水銀に溶けて銀水銀化合物とスズ水銀固溶体を生じ、これが結晶凝結して全体が固まるというものである。こうしたアマルガムは、操作が簡単で機械的強度が大きく、安価であるなどの利点があるが、水銀による環境汚染のおそれもあるため、しだいに使われなくなっている。

〔3〕インレー修復 インレーとは、形成された窩洞に適合するように口腔外でつくられた金属塊をいい、これをセメントで窩洞に合着して歯の形態機能の回復を図るのがインレー修復である。インレーは、まず窩洞に適合するような蝋型(ろうがた)をつくり、この蝋型を耐火性の埋没材中に埋め込んで鋳型を作成し、その中へ溶けた金属を鋳入すればできあがる。つまりインレーは、蝋型とまったく同じ形となるわけである。金属としては、金合金(20K)と銀合金とがよく用いられる。インレー修復の長所としては、修復物が堅固であるため、長もちする、その形態を口外で調整しうるので、咬合(かみ合せ)や隣接歯との接触関係の調節が容易確実にできる、治療時間を短縮できるなどがあげられる。しかし、技工室での作業に手間がかかり、インレーと歯質との間に介在するセメントが溶解しやすく、う蝕の再発、インレーの脱落を招くなどの欠点もある。

 最近では、初期のう蝕に対してレーザーで治療する試みもある。レーザー治療は痛みがほとんどなく、歯周病治療や止血にも用いることができる。

[小林千尋]

大きなう蝕の治療

う蝕が大きくなり、う蝕第3度(C3)となると歯髄炎を生じるが、さらに進行すると歯髄壊死から歯根の先端部の歯周組織の炎症(根尖性歯周炎)も生じてくる。したがって、大きなう蝕の場合は歯髄処置や根管を通しての歯周炎に対する処置を行い、これらの炎症をまず治癒させる。炎症が治癒したのち、歯冠部の実質欠損の修復が行われる。

〔1〕歯髄炎の治療法
(1)歯髄を保存する治療法 歯髄に炎症があっても、正常に回復する可能性のあるごく初期の歯髄炎に対して行われる。これは、う蝕によって軟化し、細菌が進入している象牙質を除去して、歯髄に加えられている刺激を取り除くとともに、歯髄の知覚亢進(こうしん)状態を鎮静させるような薬剤、セメント類を用いて直接的あるいは間接的に歯髄を覆い、歯髄の消炎鎮痛を図る方法である。今日、一般によく用いられる薬剤、セメント類としては、水酸化カルシウム系合剤と酸化亜鉛ユージノールセメントがあり、歯髄の保護層をつくり、歯髄の消炎鎮痛に効果的である。

(2)歯髄を除去する治療法 歯髄に細菌感染を生じたり、強い化学的あるいは物理的刺激が加わると、非可逆的な歯髄炎を生じ、炎症の程度により、歯髄の一部または全部を除去しなければならない。歯髄の一部を除去する治療法を断髄法、全部を除去する方法を抜髄法という。

(i)断髄法 歯髄の炎症が冠部に限局している場合、病的歯髄を除去し、健康な根部歯髄を生活したまま(生活断髄法)、あるいは失活させて(失活断髄法)保存する治療法である。

 生活断髄法は、初期の歯髄炎や、歯根が完成していない幼児の歯の歯髄炎などが対象となる。局所麻酔下で、う蝕象牙質を徹底的に除去するとともに、ラバーダム防湿(防湿法の一つ)を施し、冠部歯髄のみを切断除去し(根管歯髄は残す)、歯髄切断面を水酸化カルシウムで覆う。歯髄の切断面は、新しく形成される硬組織(象牙質)により蓋(ふた)をされた形(デンティンブリッジとよばれる)になり治癒する。

 失活断髄法は、初期の歯髄炎でも根の完成した成人の歯が対象となる。冠部歯髄の除去後、根部歯髄に失活剤(パラホルム糊剤(こざい))を作用させて根管内の歯髄を乾性壊死に陥らせ、細菌感染をおこさせないように保存する。この療法では、根部歯髄が壊死に陥っているため、根尖部の歯周組織のところで治癒機転が営まれる。

(ii)抜髄法 炎症に陥った歯髄を根尖狭窄(きょうさく)部まで完全に除去し、歯髄の入っていた根管歯髄腔を生体に害のない物質で封鎖し、口腔と根尖部歯周組織との連絡を遮断して細菌感染を防ぎ、歯を歯周組織に対して無害な状態にして保存する療法である。この療法は、歯髄炎が周囲組織に拡延したり、全身的障害を招く危険を防止することを目的としており、すべての歯髄炎が対象となる。局所麻酔下で歯髄を全部除去する直接抜髄法と、亜ヒ酸で歯髄を壊死に陥らせてから除去する間接抜髄法とがある。

 直接抜髄法は麻酔抜髄法ともいい、局所麻酔下にラバーダム防湿を施し、冠部歯髄と根部歯髄の全部を摘出除去する。根部歯髄を収める根管の形は非常に複雑であるうえ、これら処置を狭い口の中で行わなければならないため、根管内の歯髄をすべて除去することはむずかしく、高度な技術とかなりの時間を必要とする。歯髄を除去した根管の空隙(くうげき)はよく消毒し、生体を傷害しないような物質で閉塞(へいそく)する(根管充填とよばれる)。この療法では根尖歯周組織において治癒機転が営まれる。また、根管充填の良否が治療の成績を左右することが多いため、術後ただちにX線写真を撮って、根管充填の状態を確認することが望ましい。

 間接抜髄法は、亜ヒ酸糊剤をう窩に2、3日貼付(ちょうふ)し、歯髄を壊死に陥らせ、歯髄の知覚をなくしてから摘出除去する方法である。心臓疾患、過敏症などにより、局所麻酔薬の使えない人の場合にも安心して応用できる。歯髄の除去、根管充填の方法は、直接抜髄法とまったく同様である。

〔2〕根尖性歯周炎の治療法 主として、う蝕により歯髄が死んでしまったとき、あるいは歯髄処置後の経過が思わしくないときに、根尖部歯周組織の炎症、すなわち根尖性歯周炎が生じる。根尖性歯周炎には、慢性歯槽膿瘍(のうよう)、歯根嚢胞(のうほう)、歯根肉芽腫などとよばれる慢性の疾患が多いが、ときに激しい痛みを伴う急性炎となることもある。根尖性歯周炎は、根管の中に存在する感染源が原因となるため、治療にも特別の方法が応用されている。以前は、根尖周囲の組織にまで感染を生じている歯は、病巣感染の原病巣となり、全身的に悪影響を及ぼすとして多くは抜歯されていたが、現在では歯内療法の発達によって生体に害を与えることなく安全に保存されるようになった。実際に行われる治療法は、根管内の感染源を機械的、化学的に除去し、さらに消毒剤を作用させて根管内に存在するすべての細菌を殺し、根管から根尖孔を通して歯周組織に加えられる刺激を排除することに主眼が置かれる。この療法も抜髄法と同様に、狭い口の中で細かい器械を使って行う処置であり、また、直接肉眼で見ることのできない根管の深部の処置であるため、歯科治療のなかでももっともむずかしい治療の一つにあげられている。なお、根管消毒、根管充填などの操作は抜髄法に準じて行われる。

[小林千尋]

歯周病の治療

歯ブラシなどによる歯の清掃が行き届かないと、歯の表面に歯垢(しこう)や歯石がつき、歯の周囲組織に慢性炎症が生じ、歯と歯肉との間に存在する歯肉溝が徐々に深くなって、いわゆる歯周ポケットが形成される。炎症のある歯周ポケットからは排膿がみられるようになり、歯肉も腫脹し、歯を支えている歯槽骨も破壊、吸収されて、歯はぐらぐらと動揺するようになる。歯肉からの排膿が続いた状態はこれまでは歯槽膿漏といわれてきたが、このことばは正しく病態を伝えていないため、現在では辺縁性歯周炎とよばれている。なお、歯槽骨の吸収がまだみられず、歯肉にだけ炎症のみられるものを歯肉炎とよび、辺縁性歯周炎とは区別されている。若年者には歯肉炎が多く、年齢を増すとともに辺縁性歯周炎に罹患するようになる。原因としては、前記の歯垢、歯石のほか、歯列不正、咬合の不良、さらには歯ぎしり、口呼吸、指しゃぶりなどの悪習癖、および糖尿病、ホルモン異常などの全身疾患があげられる。

 治療法としては、患者自身が行う歯ブラシ、デンタル・フロス(ナイロンなどでできた糸で歯の間をみがく)などによる口腔内の徹底した清掃と、歯科医師、歯科衛生士による歯垢、歯石の除去がもっともたいせつである。これらの処置がよく行われると、歯周組織の炎症状態は著しく改善される。口呼吸のある患者に対しては、マウススクリーン(口腔前庭に装着するプラスチック製の板)によって口腔粘膜の乾燥を防ぎ、歯ぎしりのある患者には、ナイトガード(夜間に装着するプラスチック製の板)を装置してその防止を図る。また、そしゃく運動時に、部分的な早期接触や咬合力の不均衡がみられる場合には、咬合の調整均衡を図り、必要に応じて補綴(ほてつ)物をつくり直してかみ合せをよくする方法がとられる。歯周ポケットの深い患者では、歯周ポケット掻爬(そうは)、歯肉切除術、歯肉剥離(はくり)掻爬術などといった外科的な処置によって歯周ポケットをなくし、歯の周囲を清潔に保つ方法も併用される。

 このような歯周疾患の治療においては、原因の除去とともに、処置後の患者自身による口腔内の徹底した清掃とその管理維持が重要である。また、補綴処置の前処置としても歯周疾患の治療はたいせつなものである。

[小林千尋]

口腔外科治療


 この治療法には、保存不可能な歯を抜いたり、歯のない上下顎(がく)に人工歯を植立したり、あるいは口腔(こうくう)領域の外傷、形態異常、腫瘍(しゅよう)などに対する治療などが含まれる。

[小林千尋]

歯の抜去(抜歯)

歯を支えている歯槽骨から歯を分離、摘出するもので、操作は比較的簡単である。かつては、若い人ではう蝕(しょく)のために、40歳以上では歯周病のために、歯を抜かざるをえないことが多かったが、歯に対する認識が高まるにしたがって、抜歯の対象となる歯は少なくなっている。

[小林千尋]

歯牙再植術

外傷によって、脱臼(だっきゅう)または脱落した歯、および通常の根管治療では治癒しない歯をいったん抜去し、根管の拡大、清掃、根管充填(じゅうてん)などの処置を口腔外で確実に行ったあと、その歯をふたたび歯槽に戻して、従来と同様の機能を営ませようとする治療法である。再植後数年間は機能を営むが、やがて歯槽骨と骨性癒着したり、歯根の外部吸収をおこしたりする場合が多いため、やむをえない場合以外には応用されない。抜去時の歯根膜の保存がこの療法の成否を握っている。

[小林千尋]

人工歯根植立術

近年、生体と親和性のあるセラミックスを顎骨(がくこつ)に植立し、失われた歯の代用としようとする方法である。未開拓の分野もあり、研究が進むにしたがって応用範囲も広がるものと予想される。

[小林千尋]

その他

外傷、形態異常、腫瘍などに対する治療が含まれるが、大きな手術によることが多いため、通常は病院内において全身管理の下で行われる。したがって一般の歯科医師が行うことはほとんどない。

[小林千尋]

補綴歯科治療


 この治療法は、実質欠損の大きい歯の形態、機能を修復したり、一部または全部の歯が抜かれてしまったとき、その欠損歯を人工的に補って口腔(こうくう)機能の回復を図るものである。

[小林千尋]

実質欠損の大きい歯の修復

う蝕(しょく)やその他の原因で歯の実質欠損が大きくなると、歯髄、根管処置のあとに継続歯(継ぎ歯)あるいは冠による歯冠の修復が図られる。

〔1〕継続歯(ポスト・クラウン) 歯冠が欠損しているとき、歯の位置や形態に異常があるとき、あるいは歯に変色があるときなどに応用される。継続歯は、処置する歯の歯根を利用して合釘(ごうてい)(ポスト)を立て、この合釘に維持を求めて形成される人工歯冠である。審美性が重視される前歯部に応用されることが多く、色、形態などが隣在歯と調和するようにつくられる。用いられる材料には、レジンと陶材があるが、色や光沢の面ではレジンが、強度、耐久性の面では陶材が優れている。

〔2〕冠 歯の表面全体を覆って元の歯の形を回復し、機能を営ませようとするものである。金属冠、前装冠、ジャケット冠などがあり、用いられる材料、あるいは対象とする歯によって適宜応用される。

(1)金属冠 歯の蝋型(ろうがた)をつくったあと、鋳造法により作成されるのが金属冠(キャスト・クラウン)で、比較的広く用いられる。歯の表面全部を覆うので、う蝕にかかるおそれは少ないが、歯との適合状態が悪いと歯肉炎の原因となる。

(2)前装冠 審美性を重視するため、外見に触れる部分にレジンや陶歯を用いて天然歯に近い状態を再現する方法である。最近では、貴金属の表面に直接陶材を焼き付けた焼き付け陶材冠(メタルボンド・クラウン)が広く用いられている。焼き付け陶材冠は、審美性に優れ、そしゃく力も十分に備わっている。

(3)ジャケット冠 歯冠全体を陶材またはレジンで覆う方法で、審美性を重視する前歯部に用いられる。

[小林千尋]

欠損歯の補綴法

〔1〕ブリッジ(橋(きょう)義歯) 1、2本の歯が欠損となり、その両側にしっかりした歯がある場合、両側の歯に冠またはインレーを装着し、欠損部に橋を架ける形で修復する方法である。両側の橋脚となる歯(支台歯)を削って、冠またはインレーを製作しなければならないという欠点はあるが、固定されるため、人工歯としての異物感が少なく、咬合(こうごう)力も天然歯と変わらない。欠損歯の補綴(ほてつ)にはもっともよい方法とされる。

〔2〕部分床(しょう)義歯 欠損歯の数に関係なく、天然歯が残っている場合、残っている天然歯に維持を求め、欠損部を取り外し可能な義歯で補う方法である。歯を削る必要はまったくなく、歯およびあごの型をとり、模型の上で義歯をつくり、装着する。欠損部を補うために大きな床(しょう)(いわゆる義歯のあご)がつくため、口の中に入れた場合の異物感が大きく、そしゃく、発音などに慣れるまでは若干の日数を必要とする。また、咬合力をあごの粘膜で受けることが多いので、天然歯のように大きな力で物をかむことはできない。したがって、天然歯に比べて、そしゃく能率は著しく低下する。

〔3〕全部床義歯(総入れ歯) 全部の歯がなくなった場合につくられる義歯で、粘膜への吸着力によって義歯が口の中に保持される。咬合力は、すべてあごの粘膜で受けるので、そしゃく時に大きな力を加えることができない。このため、そしゃく能率は天然歯に比べて著しく低い。また、大きな義歯が口の中に装着されるので、当初は異物感が大きく、慣れるまでは十分にその機能を発揮させることはできない。残存歯がまったくない場合の処置であるため、義歯を口の中に保持し、発音しやすく物をかみやすい全部床義歯の装着は、むずかしい治療法の一つである。

[小林千尋]

矯正歯科治療


 歯並びは、人の顔の美醜に関与する重要な一要素であり、歯並びが悪いために劣等感を抱いている人も少なくない。また、心理的な面とは別に、歯並びの異常は、歯の周囲の清掃障害を招き、むし歯や歯周病の原因となることが多い。したがって、歯並びを正常にし、顔面の美しさを取り戻し、かつ、むし歯や歯周病の予防を目的とする矯正歯科治療は、最近、その重要性がますます認識されてきている。

 歯並びの治療法では、口の中、あるいは口の外に矯正用の器械を装着して歯の位置を移動させたり、あごの形を変えたり、あごの発育状態を制御するなどの方法が一般に行われる。生体の形を変える治療法であるため、通常、長い時間をかけて徐々に行われる。形態の異常がとくに著しいときには、外科的に形を整える形成外科手術を必要とすることもある。

[小林千尋]

小児歯科治療


 小児の歯の健康を保つことは、小児の発育に直接関係する重要な要素の一つであり、かつ、あごの正常な発育を期待するためには、乳歯から永久歯に移行するまでの口腔(こうくう)の健康管理がたいせつとなる。小児の歯は成人のそれとは異なるので、とくに小児専門医にゆだねられることが多い。近年、口腔衛生思想の発達に伴い、小児のう蝕(しょく)においては減少傾向が認められる。

 従来、患者が歯科医を訪れるおもな理由は、成人、小児を問わず、歯あるいは口の内外の痛み、そしゃくの障害、口元の美しさの障害などであり、そのためには保存的、外科的、補綴(ほてつ)的な治療あるいは矯正治療が必要となっていた。ところが近年は歯に対する一般の認識が高まり、口腔衛生の概念も普及してきたため、むし歯や歯周病は徐々に減少する傾向がみられる。しかし今後も、これら疾患に対する予防処置はいうまでもなく、定期検診による疾患の事前チェック、早期発見は、口腔保健のためにはたいせつなものである。

[小林千尋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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