出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
福永武彦(たけひこ)の長編小説。1966年(昭和41)1月から71年にかけて『文芸』に断続連載。71年、上下2巻として河出書房新社刊。作家志望の編集者相馬鼎(そうまかなえ)が悪夢から覚め、勤めに出ると、女友達の萌木素子(もえぎもとこ)と相見綾子(あいみあやこ)の自殺の知らせを受け、広島に赴く。その翌朝までの24時間が、現在の時間として軸となり、そこに過去の時間が順序不同に入ってくるという複雑な構成がとられている。素子は原爆にあって人間への絶望感にとらわれており、綾子も愛する男に深い挫折(ざせつ)感を抱きかつても自殺を試みたことがあった。相馬はこの2人を公平に愛していたが、公平ゆえに救うことはできなかった。死と生を主題に、人間の内的世界の根源を探ろうとする、実験的な長編小説である。
[中石 孝]
『『死の島』上下(新潮文庫)』
…第3は,原爆がもたらした悲劇を庶民の日常生活をとおして書き,文学史に残る傑作と称される井伏鱒二の《黒い雨》(1965‐66)のように,被爆者ではないが,広島,長崎と出会った良心的な文学者たちによって,さまざまな視点から広島,長崎,原水爆,核時代がもたらす諸問題と人間とのかかわりを主題とする作品が書かれた。作品に佐多稲子《樹影》(1970‐72),いいだもも《アメリカの英雄》(1965),堀田善衛《審判》(1960‐63),福永武彦《死の島》(1966‐71),井上光晴《地の群れ》(1963),《明日》,高橋和巳《憂鬱なる党派》(1965),小田実《HIROSHIMA》(1981)などがある。なかでも特筆すべきは大江健三郎(1935‐ )の存在で,1963年に広島に行き《ヒロシマ・ノート》(1964‐65)を発表して以来,〈核時代に人間らしく生きることは,核兵器と,それが文明にもたらしている,すべての狂気について,可能なかぎり確実な想像力をそなえて生きることである〉とする核時代の想像力論を唱え,《洪水はわが魂に及び》(1973),《ピンチランナー調書》(1976),《同時代ゲーム》(1979),《“雨の木(レインツリー)”を聴く女たち》(1982)などの作品を書き,国内だけでなく外国でも高く評価された。…
※「死の島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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