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福永武彦 ふくながたけひこ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福永武彦
ふくながたけひこ

[生]1918.3.19. 福岡,二日市
[没]1979.8.13. 長野,臼田
詩人,小説家。第一高等学校を経て 1941東京大学仏文科卒業。 42年加藤周一中村真一郎らと文学グループマチネ・ポエティク」を結成,加藤,中村との共著『1946 文学的考察』 (1947) や,『マチネ・ポエティク詩集』 (48) で注目され,短編集『塔』 (48) を経て長編『風土』 (省略版 52,完全版 57) や『草の花』 (54) の成功で作家としての地位を確立。

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デジタル大辞泉の解説

ふくなが‐たけひこ【福永武彦】

[1918~1979]小説家。福岡の生まれ。加田伶太郎の筆名で推理小説も執筆。小説「風土」「海市」「死の島」など。

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百科事典マイペディアの解説

福永武彦【ふくながたけひこ】

詩人,小説家,評論家。福岡県生れ。東大仏文科卒。1942年,中村真一郎加藤周一らと〈マチネ・ポエティク〉を結成,1947年《1946 文学的考察》を刊行して注目される。
→関連項目大林宣彦串田孫一

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福永武彦 ふくなが-たけひこ

1918-1979 昭和時代の小説家,フランス文学者。
大正7年3月19日生まれ。昭和17年中村真一郎らと「マチネ・ポエティク」を結成。27年「風土」,29年「草の花」で文壇の地位を確立。加田伶太郎(れいたろう)の名で推理小説,船田学の名でSFも執筆。36年学習院大教授。昭和54年8月13日死去。61歳。福岡県出身。東京帝大卒。著作に評伝「ゴーギャンの世界」,小説「死の島」など。
【格言など】人間は多く,過去によって生きている,過去が,その人間を決定してしまっているのだ(「草の花」)

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世界大百科事典 第2版の解説

ふくながたけひこ【福永武彦】

1918‐79(大正7‐昭和54)
詩人,作家。福岡県生れ。東大仏文科卒。1942年に中村真一郎,加藤周一らと文学グループ〈マチネ・ポエティク〉を結成し,押韻定型詩をこころみ,また長編を書きすすめた。戦後は結核が再発して療養生活をつづけたために出発がおくれたが,長編《風土》(1952)が西欧的ロマンとして注目され,《草の花》(1954)によって戦後作家としての位置を確立した。フォークナーやボードレールに関心をもち,人間の暗黒意識を主題にした《冥府》(1954),《夜の時間》(1955)など,〈夜の三部作〉を書いた。

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大辞林 第三版の解説

ふくながたけひこ【福永武彦】

1918~1979) 小説家。福岡県生まれ。別名、加田伶太郎。東大卒。西欧的知性によって人間の意識の暗部を追究、構成力のある現代ロマンを創出。著「風土」「草の花」「廃市」「海市」「死の島」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福永武彦
ふくながたけひこ
(1918―1979)

小説家。福岡県に生まれる。東京帝国大学仏文科卒業。1942年(昭和17)秋、東京開成中学以来の友人中村真一郎や加藤周一、窪田(くぼた)啓作らと新しい文学グループ「マチネ・ポエティック」を結成。その間、堀辰雄(たつお)を知る。戦前から書き進められていた最初の長編『風土』は、敗戦を挟み、51年(昭和26)に完成。フランスの伝統的な心理小説と意識の流れの方法を交錯させたこの作品は、高く評価され、続いて書き下ろした長編『草の花』(1954)を刊行することによって文壇的な地位を確立した。戦後、長い療養生活が続くが、旺盛(おうせい)な創作力は衰えず、その後の代表的作品に『忘却の河』(1964)、『海市(かいし)』(1968)、日本文学大賞を受賞した『死の島』などがある。現代文学ではまれなほど小説の方法が意識的で実験的であり、ロマンの創造に意欲的であった。ほかに毎日出版文化賞を受けた評伝『ゴーギャンの世界』があり、また加田伶太郎(れいたろう)の名で推理小説も試みている。[中石 孝]
『『福永武彦全集』全20巻(1986~88・新潮社)』

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世界大百科事典内の福永武彦の言及

【原爆文学】より

…第3は,原爆がもたらした悲劇を庶民の日常生活をとおして書き,文学史に残る傑作と称される井伏鱒二の《黒い雨》(1965‐66)のように,被爆者ではないが,広島,長崎と出会った良心的な文学者たちによって,さまざまな視点から広島,長崎,原水爆,核時代がもたらす諸問題と人間とのかかわりを主題とする作品が書かれた。作品に佐多稲子《樹影》(1970‐72),いいだもも《アメリカの英雄》(1965),堀田善衛《審判》(1960‐63),福永武彦《死の島》(1966‐71),井上光晴《地の群れ》(1963),《明日》,高橋和巳《憂鬱なる党派》(1965),小田実《HIROSHIMA》(1981)などがある。なかでも特筆すべきは大江健三郎(1935‐ )の存在で,1963年に広島に行き《ヒロシマ・ノート》(1964‐65)を発表して以来,〈核時代に人間らしく生きることは,核兵器と,それが文明にもたらしている,すべての狂気について,可能なかぎり確実な想像力をそなえて生きることである〉とする核時代の想像力論を唱え,《洪水はわが魂に及び》(1973),《ピンチランナー調書》(1976),《同時代ゲーム》(1979),《“雨の木(レインツリー)”を聴く女たち》(1982)などの作品を書き,国内だけでなく外国でも高く評価された。…

【死の島】より

福永武彦の長編小説。1966‐71年《文芸》に連載。…

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