自然人類学(読み)しぜんじんるいがく(その他表記)physical anthropology

精選版 日本国語大辞典 「自然人類学」の意味・読み・例文・類語

しぜん‐じんるいがく【自然人類学】

  1. 〘 名詞 〙 生物としてのヒト(ホモ‐サピエンス)の特性を科学的に研究する学問分野。民族学社会学の面からヒトを研究する「文化人類学」とは区別して用いられる。

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改訂新版 世界大百科事典 「自然人類学」の意味・わかりやすい解説

自然人類学 (しぜんじんるいがく)
physical anthropology

文化人類学とともに人類学を構成する二大分野の一つである。形質人類学physical anthropologyと同義語であり,生物学的人類学biological anthropologyとも呼ばれる。人間の生物学的側面を研究対象とし,文化をもつ生物としての人間の自然界における位置づけや,その特有の存在様式の成立過程と維持機構を明らかにすることを目的とする。解剖学生理学遺伝学人口学,心理学などの人間に関する他の科学が,それぞれの方法論でとらえることができる人間の特定の側面を取り上げるのに対して,自然人類学は人間を全体として理解しようとする。そのために,地質学,生物学,考古学,社会学,心理学をはじめ,多くの他の専門分野の研究方法を利用するが,その知識の単なる総合ではなく,時空の広がりをもった人間の統合的な全体像の解明を目標とする。

人類学は人間の全体像の解明のための多様な研究方法の総合的利用を前提に成立しており,したがって,その専門分野にある程度の完結性をもたせるには,研究の方法や材料ではなく,課題や視点から分類する必要がある。自然人類学は,人類の自然史を,時間と空間の広がりの中で明らかにすることを主な課題とする。このうち,時間軸については生物種としてのヒトの起源と進化を研究し,空間軸については人類の地域集団の変異を研究するが,両者は相互に関係しあっている。ヒトの起源と進化を研究する分野は,人類進化学と呼ばれ,直立二足歩行や言語の起源や進化の過程,ヒトと類人猿の分岐,現生人類の起源と大地域集団の形成史などが主な研究課題である。研究対象は,ヒトやその祖先を含む現生および過去の霊長類の骨や歯,遺伝物質,行動様式や生態,その手掛かりとなる石器や獲物の骨,食べ残しや糞の化石,遺跡の形態と立地条件,環境や年代などであり,霊長類学や,解剖学,遺伝学,生化学,考古学,地質学,生態学などの研究手法や知識を利用する。また,空間軸における人類の地理的変異は,多くの場合,時間軸である地域集団の形成史と共に論じられ,各地域における人類史の解明を課題とする。一方,人類の生物学的現象としての成長,性,人口,疾病などを,人類特有の社会や文化と深くかかわる問題として取り上げた研究も自然人類学の専門分野として重視されている。さらに,文化の本質を自然環境への適応という視点からとらえようとする生態人類学,人間の社会,文化の起源を解明しようとする霊長類の生態,社会の比較研究などは,自然人類学の領域にありながら文化を研究対象に含んでおり,先史考古学などと並んで,自然人類学と文化人類学の接点となっている。これらの諸分野とは別に,自然人類学の知識や成果を実生活に利用しようとする分野がある。これは応用人類学とよばれ,保健,体育あるいは器械・器具の設計,衣服の規格化などのための研究や,性・年齢の判定,親子鑑別などに基礎資料を提供する犯罪人類学などを含む。なお,自然人類学のいずれの分野でも,個人ではなく集団を対象とすることや,実験による検証が困難なことから,多様な統計学的手法の利用が必要となる。このため,19世紀末以来,統計学は自然人類学と深い関係を保って発達してきた。
人類学 →文化人類学 →民族学
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百科事典マイペディア 「自然人類学」の意味・わかりやすい解説

自然人類学【しぜんじんるいがく】

形質人類学とも。文化人類学に対し,諸種の人間集団を生物としての側面から研究する学問。18世紀末ブルーメンバハにより比較解剖学の立場から基礎づけられた。人類集団の進化,発達,体質,血液型などを研究。主要分野は形態学,機能学,遺伝学,生態学,人類誌,発達史など。
→関連項目人類学

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「自然人類学」の意味・わかりやすい解説

自然人類学
しぜんじんるいがく
physical anthropology

形質人類学ともいう。人類の自然的側面について研究する学問。 19世紀前半まで人種の差異に関する研究が主であったが,化石人類が続々と発見されるようになった 19世紀後半から人類進化の研究が重要な位置を占めるようになり,生体学と骨学が研究の主流となった。今日ではさらに医学,先史学,文化人類学などの発達とも関連して,人類の進化や変異ばかりでなく,それらの動因となる適応機構にも研究領域は広がっている。したがって,形質人類学という呼称は,古くから一般的に使用されてはきたが,最近の研究傾向は形質という語の意味する以上の内容を含んでいるので,自然人類学という呼称に比べて適切な呼称とはいえなくなってきている。

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世界大百科事典(旧版)内の自然人類学の言及

【人類学】より

…化石人類の進化の大筋は19世紀末までに理解されるにいたったが,第三紀霊長類から猿人,原人,旧人,新人と続く進化の系列は1930年代以後に確認されたもので,今日でも彼らの生息年代や進化のプロセスについては議論が続いている。 人類学は人間の身性を研究する自然人類学と,諸民族の文化を対象とする文化人類学に大別される。ヨーロッパとくにドイツやオーストリアでは自然人類学をたんに人類学と呼び,未開社会や文化を研究する学問には民族学という名称が用いられてきた。…

【人間学】より

…ギリシア語のanthrōpos(人間)とlogos(言葉,理論,学)とに由来する16世紀のラテン語anthropologium,anthropologiaにさかのぼる用語で,〈人間の学〉を意味する。訳語の歴史は複雑で,1870年(明治3)西周(にしあまね)による〈人身学〉〈人学〉〈人道〉〈人性学〉の試みのあと,81年の《哲学字彙(じい)》は人と人類を訳し分け,anthropologyを〈人類学〉と訳し,84年の東京人類学会創立以来,明治・大正期には,もっぱら獣類・畜類と区別された人類の自然的特質の経験科学すなわち〈自然人類学〉の意味で使用され,人類の文化的特質に関する〈文化人類学〉としての使用は昭和期のことである。これに対し〈人間学〉は,1871‐73年西周によりコントのsociologieの訳に当てられたが(人間は人間(じんかん)として人の世,世間を指すから),これは一般化せず,92年には倫理学を人間学と呼びうるという主張が生じ,97年に〈人間知〉〈世間知〉の意味で初めて著書の題名となった。…

※「自然人類学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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