永昌記(読み)えいしょうき

精選版 日本国語大辞典 「永昌記」の意味・読み・例文・類語

えいしょうきエイシャウキ【永昌記】

  1. 藤原為隆日記。一〇巻。院政期の康和元年(一〇九九)から大治四年(一一二九)までの、宮廷行事中心とする記録書名著者の住居が四条坊門、すなわち永昌坊にあったことにちなむ。宰記。為隆卿記。

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改訂新版 世界大百科事典 「永昌記」の意味・わかりやすい解説

永昌記 (えいしょうき)

参議左大弁藤原為隆の日記。10巻。書名は,為隆の居住した四条坊門の別称永昌坊に由来し《為隆卿記》とも,また彼の極官参議の唐名宰相にちなんで《宰記(さいき)》ともいう。1105年(長治2)より29年(大治4)の間の日録であり,ほかに若干逸文が伝わるが,欠けた部分が多い。内容は宮廷の行事が中心で,同時代の《中右記》や《長秋記》の内容を補う独自の記事もまま見られる。勧修寺家蔵書中に,平安時代末期の古写本6巻を存する。《増補史料大成》所収。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「永昌記」の意味・わかりやすい解説

永昌記
えいしょうき

平安後期の公家(くげ)参議藤原為隆(ためたか)の日記。『為隆卿記(ためたかきょうき)』とも、また参議の唐名から『宰相記(さいしょうき)』『宰記』ともいう。『永昌記』の呼称は、為隆の居所が京都左京四条の永昌坊にあったことによる。1105年(長治2)~29年(大治4)分が現存。ただし欠脱が多く、残存状態はよくない。父為房(ためふさ)の日記『為房卿記』とともに、朝廷儀式、行事、政務を知るうえで貴重な史料である。『史料大成』所収。

[飯田悠紀子]

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旺文社日本史事典 三訂版 「永昌記」の解説

永昌記
えいしょうき

平安後期,藤原(甘露寺)為隆の日記
『宰記』『為隆卿記』ともいう。1105〜29年の記事が断続的に残り,宮中の儀式・行事などが主に記されている。為隆は摂関藤原忠実の側近で,参議従三位に叙せられ,'30年没した。

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