沢村訥子(読み)サワムラ トッシ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「沢村訥子」の解説

沢村 訥子(8代目)
サワムラ トッシ


職業
歌舞伎俳優

本名
鈴木 大吉

別名
初名=沢村 大助,前名=沢村 伝次郎

屋号
紀伊国屋

生年月日
明治20年 11月6日

出生地
東京市浅草区(東京都 台東区)

経歴
子供芝居の助高屋小伝次の門に入り、沢村大助の名で明治27年1月浅草座で初舞台。30年沢村伝次郎と改め、師匠死後、7代目訥子について修業、本所妻座、浅草柳盛座などに出演、「鼠小僧」「河内山」、「石切梶原」の梶原が当たり役で人気上昇、44年帝劇専属となり名題となった。昭和2年に7代目訥子の女婿となって8代目を襲名、7月歌舞伎座で披露した。その後2代目市川左団次一座に参加。戦後関西に籍を移し、老け役、脇役で活躍した。

没年月日
昭和38年 3月28日 (1963年)

親族
義父=沢村 訥子(7代目)


沢村 訥子(7代目)
サワムラ トッシ


職業
歌舞伎俳優

本名
伊藤 千之助

別名
初名=市川 千之助,前名=中村 千之助

屋号
紀伊国屋

生年月日
万延1年 4月20日

出生地
尾張国名古屋出来町(愛知県 名古屋市)

経歴
京都大徳寺の小僧を経て、明治7年美濃大垣の子供芝居で市川千之助の名で初舞台。のち中村に改姓上京後、15年4代目助高屋高助の養子となり、同年7代目訥子を襲名。その後、浅草を中心に活躍し、大正期には4代沢村源之助と人気を二分した。当たり役に「高田馬場」の安兵衛、「籠釣瓶」の次郎左衛門、「慶安太平記」の丸橋忠弥などがあり、とくにその豪快な大立回りで大衆的人気を博した。

没年月日
大正15年 3月26日 (1926年)

親族
息子=助高屋 小伝次(初代),女婿=沢村 訥子(8代目)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「沢村訥子」の解説

沢村 訥子(8代目)
サワムラ トッシ

明治〜昭和期の歌舞伎俳優



生年
明治20(1887)年11月6日

没年
昭和38(1963)年3月28日

出生地
東京市浅草区(現・東京都台東区)

本名
鈴木 大吉

別名
初名=沢村 大助,前名=沢村 伝次郎

屋号
紀伊国屋

経歴
子供芝居の助高屋小伝次の門に入り、沢村大助の名で明治27年1月浅草座で初舞台。30年沢村伝次郎と改め、師匠の死後、7代目訥子について修業、本所妻座、浅草柳盛座などに出演、「鼠小僧」「河内山」、「石切梶原」の梶原が当たり役で人気上昇、44年帝劇専属となり名題となった。昭和2年に7代目訥子の女婿となって8代目を襲名、7月歌舞伎座で披露した。その後2代目市川左団次一座に参加。戦後関西に籍を移し、老け役、脇役で活躍した。


沢村 訥子(7代目)
サワムラ トッシ

明治・大正期の歌舞伎俳優



生年
万延1年4月20日(1860年)

没年
大正15(1926)年3月26日

出生地
尾張国名古屋出来町(愛知県名古屋市)

本名
伊藤 千之助

別名
初名=市川 千之助,前名=中村 千之助

屋号
紀伊国屋

経歴
京都大徳寺の小僧を経て、明治7年美濃大垣の子供芝居で市川千之助の名で初舞台。のち中村に改姓。上京後、15年4代目助高屋高助の養子となり、同年7代目訥子を襲名。その後、浅草を中心に活躍し、大正期には4代沢村源之助と人気を二分した。当たり役に「高田の馬場」の安兵衛、「籠釣瓶」の次郎左衛門、「慶安太平記」の丸橋忠弥などがあり、とくにその豪快な大立回りで大衆的人気を博した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

朝日日本歴史人物事典 「沢村訥子」の解説

沢村訥子(7代)

没年:大正15.3.26(1926)
生年:安政7.4.8(1860.5.28)
明治大正時代の歌舞伎役者。本名伊藤千之助。尾張藩家老の家臣の子として名古屋出来町に生まれる。一説に4月20日生まれ。役者を志し,明治7(1874)年大垣の子供芝居で初舞台を踏む。初名市川千之助。のちに中村と改姓して上京,明治15年,江戸和事の名手だった4代目助高屋高助に見込まれて養子となり訥子を襲名した。20年代以後は中小劇場に多く出演し,当時盛んだった小芝居の頭領的存在となる。芸風は雄壮快活,激しい大立回りを得意として「猛優」の異名を取り,大衆的人気は大劇場の名優をもしのぐものがあった。7代目の養子が8代目を継いだが,昭和38(1963)年没。<参考文献>「名家真相録84」(『演芸画報』1911年10・11月号)

(石橋健一郎)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「沢村訥子」の解説

沢村訥子(8代) さわむら-とっし

1887-1963 明治-昭和時代の歌舞伎役者。
明治20年11月6日生まれ。初代助高屋(すけたかや)小伝次の門弟となり,東京浅草座で初舞台。のち沢村大助から伝次郎と改名。師小伝次の死後,7代沢村訥子に師事,明治44年帝国劇場の専属となった。昭和2年7代訥子の娘婿となり,8代を襲名。戦後は,関西で老役(ふけやく)などを演じた。昭和38年3月28日死去。75歳。東京出身。本名は鈴木大吉。俳名は訥子。屋号は紀伊国屋。

沢村訥子(7代) さわむら-とっし

1860-1926 明治-大正時代の歌舞伎役者。
万延元年4月20日生まれ。東京に出,4代助高屋高助の養子となる。明治15年7代沢村訥子を襲名。立役(たちやく)と女方をかねた。豪快な大立ち回りで知られ,猛優とよばれた。「高田馬場」の安兵衛,「慶安太平記」の丸橋忠弥などが当たり役だった。大正15年3月26日死去。67歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。本名は伊藤千之助。屋号は紀伊国屋。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「沢村訥子」の解説

沢村 訥子(8代目) (さわむら とっし)

生年月日:1887年11月6日
明治時代-昭和時代の歌舞伎役者
1963年没

沢村 訥子(6代目) (さわむら とっし)

生年月日:1860年4月8日
明治時代;大正時代の歌舞伎役者
1926年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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