活動理論(読み)かつどうりろん(英語表記)activity theory

最新 心理学事典 「活動理論」の解説

かつどうりろん
活動理論
activity theory

マルクス主義を基礎に,活動(外部世界に対する人間の能動性)を中核概念に据えた心理学理論の一つである。

【活動理論の発生】 活動理論の源流は,1917年のロシア革命後に成立したソ連ビゴツキーVygotsky,L.S.,ルリヤLuria,A.R.,レオンチェフLeontiev,A.N.などの文化歴史学派に求められる。この3名は,文化歴史学派のトロイカとよばれているが,最年長者であったビゴツキーの名前を冠してこのグループをビゴツキー学派ともよぶ。ロシア革命後のさまざまな思想潮流の中から生まれたいわば革命の落とし子でもある。そのために,マルクス主義と心理学の統合をめざした理論という色彩が濃い。活動activityとは人間と自然との間の物質代謝,すなわち,人間が自然に対して働きかけ,その反作用として自然から人間が働きかけられるという側面を表わしたことばである。これは当時隆盛を極めていた行動主義心理学が,人間が外部環境からの刺激により受動的に影響されるという側面を強調していたのと対極をなす人間観であり,人間の外部世界に対する能動性を強調したことに意味がある。このような視点から,活動理論は活動の次元上で心理過程が展開するという側面に重心をおいた。このように,活動理論は心理学全般に関わる射程の広い理論であるが,社会構成主義の流れを汲む理論として,教室談話分析交流型学習などの領域で,教育心理学の展開にも影響を与えている。

 活動理論はロモフLomov,B.F.とレオンチェフとの論争を契機に変化する。ロモフは,それまでの心理学に特徴的であった人間と外部世界の関係のみに注目するという立場を一面的であると批判して,人間と人間の関係,すなわちコミュニケーションの側面も重視する必要性を強調した。われわれ人間は,日常生活のほとんどの場合において単独で,孤立して活動しているのではなくて,他者との協同の中で活動している。その中で生ずる心理過程も他者との協同という側面が必然的に入り込まざるをえない。もともとビゴツキーも,人間の文化的行動様式には二つの側面,すなわち人間と自然との側面(活動)と人間と人間との側面(コミュニケーション)があると考えていたし,レオンチェフも人間と世界との結びつきはほかの人びととのコミュニケーションにより媒介されると考えていた。しかし初期の段階では,このコミュニケーションの側面がややもすれば軽視されていた活動理論において,コミュニケーションにスポットライトが当てられたことは以後の活動理論の展開に新たな広がりをもたらすことになった。なぜなら,活動に加えてコミュニケーションを織り込むことにより,共同体communityという組織や集団を心理過程が形成される基盤として据えつけることを可能にしたからである。

【活動理論の展開】 アメリカでは,以前からブルーナーBruner,J.S.らによって,ビゴツキー学派の心理学は注目されていたが,ソ連に留学したワーチWertsch,J.V.やコールCole,M.らによって新ビゴツキー学派が成立する。ワーチはとくにコミュニケーションの側面に注目してビゴツキー学派の心理学を新たに展開した。その中では,科学的概念と生活的概念の織り合わせとしての対話型授業とか,新たな思考の発生装置としての対話などが追究された。また,コールは活動とコミュニケーションからなる共同体の中で学習が行なわれる様子を研究した。個人の学習活動が単に個人の頭の中だけで行なわれるのではなく,その個人を取り巻く学習集団のあり方とか,学習施設の経営方針,その所在地の地域の社会的・風土的環境,さらに大きくはその地方あるいは国の社会的あり方や教育政策,経済状態などによって,個人の学習活動も規定されていることを明らかにした。それは,「庭としての文化」モデルとして表わされている。同じくアメリカの新ビゴツキー学派に属するロゴフRogoff,B.は共同体型(参加型)学習モデルを提唱している。コールの場合と同様に個人の学習活動は集団のなかで営まれることを,組織のレベル,個人と個人の間のレベル,個人のレベルの3水準ごとに明らかにした。それは,徒弟制度,導かれながらの参加,アプロプリエイション(他人の所有物を自分のものにすること)である。

 さらに,アメリカのレイブLave,J.とウェンガーWenger,E.(1991)の正統的周辺参加legitimate peripheral participationという概念も重要である。人間が生まれてから一人前のおとなになるためには共同体という社会の存在が必須であることを明らかにしたからである。正統的周辺参加が明らかにした教育法は,初めは簡単なあまり重要でない仕事から,徐々に重要な仕事へと移行していって最終的には一人ですべてをこなすことが可能な一人前の労働者として成長していくプロセスを描いているのであるが,同時にそのプロセスは一人前のおとなとして人格的にも成長していくプロセスでもある。

 フィンランドでは,エンゲストロームEngestrom,Y.が注目される。北欧は以前から活動理論の影響の強い地域であったが,なかでもエンゲストロームはレオンチェフの弟子を自任するだけあって,活動理論の原型を強く感じさせるモデルを提唱している。エンゲストロームのモデルは,もともとビゴツキーが刺激と反応のS-R理論図式へ媒介項として記号を挿入して,その記号を媒介として人間は外部刺激へと働きかけるとしたS-X-R図式を拡張したものである。彼は,媒介項として道具と共同体を挿入することによって資本主義社会に生活し労働する人間の問題を説明しうるモデルを提出したといえる。

 さらに,ピアジェ学派(ジュネーブ学派)と活動理論とのかかわりも指摘しておきたい。ピアジェ学派の一部の人たちは,ビゴツキーの発達の最近接領域という概念と,ピアジェの知能の発達論を統合する試みを行なってきた。たとえば,ペレ・クレルモンPerret-Clermon,A.N.(1980)はピアジェのいうところの「保存」が,コミュニケーションを介することによって,それまで獲得されていなかった児童に獲得されることを明らかにした。このようなピアジェ学派と活動理論,ビゴツキー学派の統合というテーマに関して,チャプマンChapman,M.(1991)の認識の三項関係モデルを見落とすわけにはいかない。彼は,能動的主体と知識の対象との関係(操作的相互作用)と能動的主体と対話者との関係(コミュニケーション的相互作用)という三項図式が7~8歳ころに子どもの内面に形成されることにより,知能の発達段階の前操作期から具体的操作期への移行が行なわれると考えたのである。以上のように,ソ連で20世紀の初めに誕生した活動理論は,活動の次元に加えてコミュニケーションの次元を設定することによって,西側世界へと展開,さらにアメリカの認知心理学やピアジェ学派までも包含する広がりを見せている。 →教室談話分析 →交流型学習
〔高取 憲一郎〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の活動理論の言及

【認知工学】より

…たとえばサッチマンは,コピー機の使いやすさを検討する中で,人工知能研究が前提としていた表象主義の問題点を明らかにし,状況の中に埋め込まれた行為を中心に考える状況的認知situated cognitionという考え方を提唱した。また人工物と人の認知との相互作用の重視は,ロシアの発達・教育心理学者であったビゴツキーの理論の再評価ともあいまって,活動理論activity theoryとして展開している。このように,認知工学および認知的人工物研究は,認知科学全体の動向へも大きな影響を与えているといえよう。…

※「活動理論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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