教室談話分析(読み)きょうしつだんわぶんせき(英語表記)classroom discourse analysis

最新 心理学事典 「教室談話分析」の解説

きょうしつだんわぶんせき
教室談話分析
classroom discourse analysis

教室談話とは,教室という教育実践の場において現実に使用されている文脈化された話ことばによる相互作用である。教室とは学校教育における実践現場の象徴であり,物理的空間,学習の現場(授業)や社会的集団(学級)など複数の意味を包摂している。また,「現実に使用されていることば」とは,いわゆる発言といった公的な発話だけではなく,つぶやきやふざけ,冗談など教室で生成されるあらゆる話ことばを含んでいる。さらに,「文脈化されたことば」とは,特定の授業や学級の状況において意味の確かさをもち,状況次第で意味が異なる可能性をもつことば,という意味である。

【教室談話分析の研究課題】 一つには,学校や教室といった社会的文脈における子どもの学習活動を質的に明らかにすることである。従来「事前-事後」の比較で明らかにされてきた学習者の理解や読解のありようが,他者との相互作用で実現されていく過程として描かれる。この立場では,教室談話を,個人の知的営為を学級に媒介し,個人間の葛藤を出現させ,調整を行ない合意形成を志向する過程であるととらえる。成員間の差異性を尊重しながらより整合性の高い認識へと向かう可能性を相互作用に求めるのである。この立場からの教室談話分析は,教室における教授学習過程の質的研究の一つとして位置づけられる。

 質的研究とは,出来事や経験を詳しく記述し,可能な限り説明することである。量的研究とは異なり,観察を中心としたマルチメソッドを志向するフィールドワークを行ない,そこで遭遇する出来事や行為のその場に生きる人びとにとっての意味を解釈し,厚い記述として再構成し理論化していくことをめざすのである。教室談話分析においては,当該の授業だけではなく,授業以外をも調査対象とし,その学級の文化や歴史性,成員の社会的関係性を把握して分析素材としていく。当事者である教師や子どもの視点が重視され,その視点の多様性や差異性に考慮しつつ彼らにとっての授業の意味を解釈し,談話過程を再構成してその授業の理論を構築することをめざすのである。観察は授業に限定せずに行なわれ,実践の社会文化的な文脈における教授学習過程の,教師や子どもにとっての意味を子どもや教師の経験を解釈することを通して明らかにしようとする志向は,発達への社会文化的アプローチや社会的構成主義の認知心理学の観点からの学習研究に寄与している。

 二つには,学校教育の授業特有の談話構造やルールを明らかにし,教室という社会的・制度的環境の特殊性を明らかにすることである。談話の組織化過程に教室特有の秩序の成立が見いだされること,その秩序からの逸脱から学業不振などの問題が構築されることなどが可視化される。この立場においては,教室談話を,なんらかの規範に基づいて生成されている社会的な行為であるととらえる。この立場からの教室談話分析は,ガーフィンケルGarfinkel,H.によって開発されたエスノメソドロジー研究における会話分析の一つとして位置づけることができる。

 エスノメソドロジーethnomethodologyは,「人びとのethno」「方法論methodology」という意味である。ある社会のメンバーが出来事を秩序づける際の,その社会で共有されている常識的知識の用い方や用い方についての知識に着目する。主として会話(談話)を手がかりに,日常生活における,メンバーによる相互作用的なリアリティの構成を明らかにしようとする。教授学習過程のエスノメソドロジー研究では,たとえば,メハンMehan,H.によって,教室には「I(initiation)働きかけ」-「R(reply)応答」-「E(evaluation)評価」という独特な発話連鎖のパターンが存在し,整然とした相互作用はこのような「発話の順番配置turn-allocation」を経て達成されていることが明らかにされた。教師も生徒も,I-R-Eの発話連鎖に示されるような役割関係(「教師=働きかけ,評価」,「生徒=返答」),「知っている」教師が「知らない」生徒に尋ねる,などの秩序を用いて授業という実践を成し遂げるのである。

 三つには,認知や話ことばの研究の一領域として教室談話研究を位置づけ,「教室」場面を例に,人間の知的営みである談話が相互行為としてどう成り立っているのかを明らかにすることである。教室談話は,対話的特質をもち話し手と聞き手との関係性や文化的文脈に基づく多様な「声」から成り立つものととらえられた。たとえば,教室談話において「発話の型」の使い分けや,挙手をするか指名されるかといったような発話権取得(談話への参入)の手続き,発話行為のタイミングやテンポなどを手がかりにして,参加者が相互に状況を判断し聞き手になったり話し手になったりしながら談話を進行させていくことで成立する過程自体を知的な営みとしてとらえられたのである。この立場の教室談話分析では,授業の参加者による課題解決の遂行や学級内での関係性への対応に応じて多声的であることが示されてきた。

【多声的空間としての教室談話】 多声的polyphonyとは,ロシアの言語学者バフチンBakhtin,M.M.の「声」の概念に基づいている。発話を産出する発話主体の人格や意識,他者や共同体の意志や志向,アクセントを反映させ,発話に表情や志向性を付与する「声」が管弦楽的に豊かに響き合う状況のことを指す。教室には,たとえば,ワーチWertsch,J.V.が指摘した,教科の学習において教師が導入する「科学的概念のレジスター」と子どもの学校外での経験に根ざした「生活経験に基づくレジスター」や,茂呂雄二が指摘した,教科書の内容を学ぶ「共通語」と自らの生活経験を思い返す「方言」が見られる。このように言語的な多様性が見られる状況が暗示するのは,現実世界の表現に複数のあり方があること,ある特定の社会文化的状況とある種の会話や思考活動の形式が結びついていることである。科学的概念や共通語の使用には,制度的な教育において科学的な内容を習得させるという公教育の論理があり,生活経験や方言を退けている可能性がある。他方で,子どもの生活経験に基づく既有知識を活用することで学習内容への理解の深まりや授業の活性化を図ることが可能となる。子どもも自分なりの課題内容とのかかわり方や課題解決の進め方に応じて,発話の内容やタイミングをはかったり,学級内の居場所づくりのあり方に応じて,発話の相手や内容を選択している。それぞれの子どもの,授業への自己定位の仕方が,教室談話を多声的にしている。

 教室談話を多声的空間と見ることが示唆するのは,個人の発話生成と集団としての談話の過程との相互性である。個々の子どもの認知過程や発話行為は,社会文化的状況としての学習集団の談話の内容や展開の影響を受ける。同様に,個人間の認知過程や発話行為の個別性が生み出す言語的多様性が学級としての談話過程を活性化し進行させるとともに特徴づける。このように多声的空間として教室談話をとらえることで,授業を,多様な価値,文化,慣習その中を生きる多様な人間との出会いや軋轢が生まれる言語空間としてとらえる可能性が開ける。 →活動理論 →談話
〔藤江 康彦〕

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