日本大百科全書(ニッポニカ) 「流動性選好説」の意味・わかりやすい解説
流動性選好説
りゅうどうせいせんこうせつ
liquidity preference theory
J・M・ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)において古典派実物利子論にかえて展開した利子率決定理論。古典派によると、利子は節約に対する報酬であり、貯蓄と投資によって利子率が決定される。すなわち、利子を実物現象とみて、貯蓄と投資の均衡によるフローの利子率決定理論が展開されている。一方ケインズは、利子を貨幣的現象とみなし、流動性を手放すことに対する報酬であると定義する。ケインズは、貨幣の需要と供給から利子率が決定されるとし、ストックとしての貨幣利子率決定理論を展開する。ここで流動性とは、損失なしに短期の予告でより確実に貨幣に交換しうる性質のことである。貨幣はもっとも流動的な安全資産であり、債券は流動性が劣るが利子という収益をもたらす収益資産であるから、流動性選好とは貨幣需要ということになる。
貨幣需要の動機には、日々の取引を実施するために貨幣を保有する取引動機、不時の出費に備えて貨幣を用意する予備的動機、資本利得のための貨幣保有である投機的動機がある。ケインズは、取引動機と予備的動機による貨幣需要L1が所得Yと正に関係してL1(Y)となり、投機的動機による貨幣需要L2が利子率rと負に関係してL2(r)となって、rの上昇(下落)が債券需要を増やし(減らし)、貨幣需要を減らす(増やす)とする。現在では、予備的動機が所得よりも利子率に強く影響されるとして、予備的動機と投機的動機をあわせて資産動機としている。これを に示すと、L1は横軸に垂直に、L2は右下がりの曲線となり、全体の貨幣需要LはL1(Y)+L2(r)となる。一方、貨幣供給量Mはrに依存せず、貨幣当局によって決められるものとする。MはL1に対応するM1と、L2に対応するM2とからなる。その結果、貨幣の需要と供給の均衡を示す次式が得られる。
M=M1+M2=L1(Y)+L2(r)
こうしてケインズは、利子率が貨幣需要(流動性選好)と貨幣供給の均衡点r*で決定されると主張する。
日本経済は、1990年代末以降、利子率がゼロ近くまで下落し、貨幣を100%保有する「流動性のわな」に世界で初めて陥ってしまった。
では、人々が利子率の最低水準と考えるにおいて、流動性のわなが生じている。[金子邦彦]
『J・M・ケインズ著、塩野谷祐一訳『ケインズ全集7 雇用・利子および貨幣の一般理論』(1983・東洋経済新報社)』▽『D・レイドラー著、今井譲・石垣健一他訳『貨幣の経済学』(1989・昭和堂)』▽『小野善康著『不況の経済学』(1994・日本経済新聞社)』▽『深尾光洋・吉川洋編『シリーズ・現代経済研究19 ゼロ金利と日本経済』(2000・日本経済新聞社)』▽『晝間文彦著『金融論』第2版(2005・新世社)』