財産権を表章する証券であって,その権利の移転・行使をするには証券を用いなければならないもの。有価証券という語は,ドイツ語のWertpapierの翻訳で,明治時代初期より用いられてきた。アメリカ,イギリス,フランスでは商業証券effet de commerce(フランス)または流通証券negotiable instrument(アメリカ,イギリス),valeurs mobilieres(フランス)という。有価証券は,無形の権利を有形の紙片(証券)と結合させて,証券の存否,内容,所在を権利の存否,内容,帰属の決定基準とすることによって,権利の流通(権利の移転)を容易にし,また権利行使の簡易・安全化を図る制度である。
その歴史は古く,送金や代金決済の手段である手形の場合,ヨーロッパでは中世(12世紀),中国では唐の時代,日本でも鎌倉時代にまでさかのぼることができる。また株券・社債券は,19世紀の株式会社制度の発達以来,大衆からの資本調達の方法として,重要な役割を果たしてきている。もっとも,大量の情報を正確に記憶し,迅速に伝達・検索できるコンピューターの発達は,有価証券の役割に変化をもたらしはじめている。大量の証券による権利の流通・行使は事務処理に過大な負担を生じさせるようになり(ペーパークライシス),証券を利用せずにコンピューターによって,できるだけ帳簿上の操作だけでこれらを処理する技術・制度が創設されつつある。たとえば,代金決済や送金については口座振込・口座振替,クレジットカードなど,株主権の流通については,振替決済などがある。
財産権と証券とが結合した証券には,その結合の程度にさまざまなものがあり,有価証券を私法学上どのように定義づけるかについては,学説が分かれている。冒頭に示したものが代表的な説であるが,流通機能を重視して,〈権利の移転に証券を必要とするもの〉と定義する説も有力である。いずれの説も,権利の流通性の促進でなく,主として権利行使,義務の履行の簡易・安全化のための証券である証拠証券,免責証券を有価証券に含めない点では一致している。また,収入印紙・銀行券などの金券は,財産権を表章するから価値を有するのではなく,法律によってそれ自体が価値を有するものと認められているのであり,有価証券には含まれない。
有価証券という語は,多くの法律で用いられている(商法501条,518条,民事訴訟法382条,民事執行法122条,証券取引法2条,刑法162条,法人税法30条など)。その意義は,基本的には私法学上の定義を出発点とするが,それぞれの立法目的から解釈され,必ずしも同一ではない。
有価証券には,その表章する権利の内容から見ると,株券・社債券・国債券のように資金調達の手段として発行され,継続的に利息の支払,利益の配当を受ける権利や社員権を表章する資本証券(投資証券),手形・小切手のように一定額の金銭の支払を受ける権利を表章する金銭証券(貨幣証券),貨物引換証・倉庫証券・商品券のように物品引渡請求権を表章する物品証券(物財証券),さらに乗車券・観覧券・テレホンカードのように労務の給付を受ける権利を表章する証券がある。
また,表章される権利の種類によって,手形・貨物引換証・商品券のように債権を表章する債権証券,質入証券・抵当証券のように債権とともにこれを担保する担保物権を表章する物権証券,株券のように社員権を表章する社員権証券がある。証券上の権利者の指定方法からは,記名証券,指図証券,無記名証券,選択無記名証券がある。
有価証券には,証券と権利との結び付き方が強いものと弱いものとがある。まず,権利の流通性の促進と権利行使の簡易・安全化のための法技術であるから,すべての有価証券において少なくとも,そこに表章された権利の移転・行使の面での証券との結合は緊密である。すなわち,権利を証券に化体させ,権利を移転(譲渡)するには証券を譲渡しなければならないとされているため,だれが権利者であるかは,証券の所在を基準に決定することが可能となる。権利者の記載がない無記名証券の所持人は権利者と推定され,権利者であることをとくに証明しなくても証券を呈示することで権利を行使できる。債務者も,証券の所持人に弁済すれば,その者が真の権利者でなくても免責される。権利を譲り受ける者も,証券の交付を受ければ,ほかに権利者が現れる危険がなく,権利行使にも容易である。さらに,権利を譲渡する場合も,証券の交付だけでよく,簡易に行える。指図証券の場合は,権利の移転には証券の交付のほかに裏書が,権利者として推定を受けるには裏書の連続が必要だが,証券の所在や証券上の記載を基準とすることに変りはない。もっとも,これらの証券は,権利移転・行使の簡易・安全化の法技術にすぎないから,ほかに合理的な方法があれば例外が作られる。たとえば,株券の流通について振替決済制度,権利行使について株主名簿の制度などである。また,証券化された権利でも,当事者が流通を望まない場合は,その目的にあった証券とすることができる。記名証券や裏書の禁止された指図証券がそれである。この場合は,権利の移転・行使においても証券だけが基準となるのではなく,ほかに通常の権利の譲渡方法や権利行使の手続が必要となる。
証券と権利との結合度の強いものでは,権利の発生が証券によってなされることを要するものがある。約束手形では,証券の作成により初めて振出人に対する手形金請求権が生じる。この権利は証券作成前には存在しない(設権証券)。この場合には権利の内容も証券の記載によって決まる(文言証券)。これに対して,株券では,そこに表章される株主権は,証券作成前に存在する(非設権証券)。権利の内容も株券の記載だけでは決まらない。手形・小切手のように,権利の発生・移転・行使のすべてが証券を基準として処理される有価証券を完全有価証券という。
有価証券の発行は原則として自由である。法定されているもの以外の任意の種類・内容の有価証券を発行できる。もっとも,法律に定めのある有価証券には,要式が定められているものが多い(要式証券)。手形・小切手がこれである。発行について公法的規制を行う場合もしばしばみられる(証券取引法,前払式証票の規制等に関する法律,抵当証券業の規制等に関する法律など)。有価証券をめぐる権利・義務関係については,民法(86条,366条,469~473条)と商法(516~519条)に一般的規定がある。また有価証券によっては,特別な法律が制定されているものもある(手形法,小切手法等)。
→証券取引法 →有価証券偽造罪 →有価証券取引税
執筆者:清水 巌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
私法上の財産権を表章する証券で、その権利の利用が証券をもってしなければならないもの。貨物引換証、船荷証券、倉庫証券のように、権利の移転および行使に証券の占有を必要とするもの、手形や小切手のように、権利の移転・行使だけでなくその発生についても証券の発行を必要とするもの、さらに株券のように、権利の移転には証券の占有を必要とするが、権利の行使は証券によってではなく、株主名簿の記載によってなされるものなどがある。このことから、有価証券に共通の要素として、権利の移転と証券との関係に着目し、有価証券は財産権を表章する証券で、その権利の移転に証券の引渡しを要するものと定義する学説があり、英米の「流通証券」negotiable instrumentという概念構成もこの考え方に類する。いずれにしても、有価証券は、程度の差こそあれ、証券と権利とが密接不可分の関係にあり、権利の移転・行使を円滑・安全に行い、これによって証券の流通性を確保しようとする近代資本主義が育成した法技術の制度である。本来、権利の移転や行使に関して作成された証書は、一つの証拠物として機能していたのであるが、経済の発展に伴い、財貨の流通が激しくなるにつれて、財貨を一定の証券の形式に表章し、資本の流通や回収に役だたせようとする要請により、「権利と証券との結合体」である有価証券制度が生まれた。このように金銭その他の物または有価証券に対する権利を証券が表章しているという関係を法律的に実現したものが有価証券の制度である。証券に表章されている権利者の表示方法によって、記名証券・指図(さしず)証券・無記名証券・選択無記名証券に分けられ、また証券に表章されている権利によって、物権証券・債権証券・社員権証券に分けられる。さらに、証券に表章された権利が、証券授受の原因である法律関係の有効な存在を要件とするか否かによって、要因証券と無因証券(不要因証券)に、また、証券の文言が、当事者の権利義務の範囲を決定するか否かによって、文言証券と非文言証券に分けられる。
有価証券は権利を表章するものであるから、ある特定の権利関係の存在ないし内容を証明するだけで財産権を表章するものではない証拠証券や、財産権を表章せず、債務者が証券の所持人に弁済することにより、たとえその所持人が正当な権利者でなくても、悪意・重過失がない限り免責されるという免責証券、さらに物自体に法定の価値があり、財産権を表章するという関係にはない金券(郵便切手、収入印紙、紙幣など)と異なる。
なお、手形・小切手については手形法・小切手法に、株券・債券・貨物引換証・船荷証券・倉庫証券等については商法・会社法等に、それぞれ詳細な規定があるが、有価証券に関する一般的な通則規定は、民・商法に若干の規定があるものの、その内容はきわめて貧弱である(たとえば民法467~473条、商法516条2項・517~519条)。しかも、民法の規定は権利の面にとらわれて証券の面が看過されている。したがって、立法論としては「有価証券法」という法体系に整備するための検討が必要であろう。
金融商品取引法(昭和23年法律第25号)にいう有価証券は、同法が、国民経済の健全な発展と投資者の保護のために、同法に列挙されたもの、たとえば国債証券、地方債証券、出資証券、株券、社債券などをさす(2条)。このように、手形・小切手や商法上の有価証券が含まれないかわりに、国債証券など商法上有価証券とされないものが含まれている。
[戸田修三]
『鈴木竹雄著、前田庸補訂『法律学全集32 手形法・小切手法』新版(1992・有斐閣)』
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…証券業とは,銀行,信託会社その他政令で定める金融機関以外の者が次に掲げる行為の一つを行う営業をいう。(1)有価証券の売買,(2)有価証券の売買の媒介,取次ぎまたは代理,(3)有価証券市場における売買取引の委託の媒介,取次ぎまたは代理,(4)有価証券の引受け,(5)有価証券の売出し,(6)有価証券の募集または売出し(募集・売出し)の取扱い(証券取引法2条8項)。 (1)有価証券の売買とは,証券会社が自己の計算で顧客または他の証券会社から有価証券を買い,あるいは顧客等に対して有価証券を売却することをいう。…
…有価証券の売買取引を行うために必要な市場を開設することを目的として証券取引法に基づいて設立された組織または施設をいう(証券取引法2条11項)。証券取引所が有価証券の売買取引のために開設する市場を有価証券市場という(2条12号)。…
※「有価証券」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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