改訂新版 世界大百科事典 「流域下水道」の意味・わかりやすい解説
流域下水道 (りゅういきげすいどう)
日本の下水道事業の一形態で,二つ以上の市町村にまたがって下水道を整備する際に,都道府県が設置管理するものをいう。流域下水道のシステムは,市町村が整備管理する下水道管渠(かんきよ)(流域関連公共下水道と呼ぶ)が流域下水道の幹線管渠に接続され,下水が排除されて終末処理場に到達するものとなる(図)。流域下水道は処理対象人口により第1種(計画人口15万人以上)と第2種(計画人口3万人以上)に分けられる。
流域下水道を導入する利点は次のようにまとめられる。(1)水質保全効果 河川流域や沿岸水域の自然的条件,人口・産業配置などの社会的条件,水道,農水産業などの水利用条件を行政区域にとらわれず広域的に検討して下水道整備を行うことで,水質保全効果が効率的に達成される。とくに終末処理場については市町村ごとに設置する必要がなく,地形などに基づき最適な場所が選択できる。(2)経済性 処理施設が集約されることで,単位水量当りの建設費の逓減と人件費・運転経費などの維持管理費が節減できる。(3)処理場用地の節約 処理場数が減ることと,合理的な立地場所を選定することで用地の取得を容易にするとともに,効率的な施設配置を実施して必要用地面積を全体として節約することができる。(4)処理の安定化 広域から下水を収集することで処理場へ流入する下水の量と質が平準化され運転操作が安定する。また,高度な技術をもつ技術者を集中して配置できることから,自動監視制御技術を導入し安定した処理が行えるようになる。(5)下水道整備の誘導促進効果 都道府県が,処理場および幹線管渠の整備を行うことにより,技術力,実行力の不足から単独では下水道整備を行うことが困難な市町村についても下水道整備が促進される。
流域下水道は,大都市地域の水汚染を早期に解消し,人口急増地帯など市街地における下水道整備を有機的,一体的に進めるために発足したもので,1965年に大阪府の寝屋川流域下水道が最初に整備された。それ以後大都市域に限らず広域的な下水道整備手法として全国的に実施され,96年度末で北海道から沖縄まで41都道府県237ヵ所(ポンプ場数)にのぼっている。流域下水道の中でとりわけその役割が重要なものとして湖沼関連地域のものがあり(茨城県霞ヶ浦,長野県の諏訪湖,千葉県印旛沼,手賀沼,島根県宍道湖,琵琶湖などの流域下水道),これらでは富栄養化対策として窒素やリンを除去する高度処理を一部で導入している。
流域下水道や公共下水道が効果的に計画整備されるためには,各河川流域,湖沼,海域の全体を一つとしてとらえることが必要である。日本では下水道法に基づき,主要河川流域ごとに流域別下水道整備総合計画が策定されており,この結果,流域によって公共下水道だけを整備する場合,流域下水道と公共下水道を組み合わせる場合,流域下水道のみを整備する場合や他の下水道(特定環境保全公共下水道,特定公共下水道)を組み合わせる場合など,さまざまな形態が存在している。ただし,流域下水道の中には,下水量が大きくて河川などへ下水が流れる代りに終末処理場に下水が集中することから,途中河川の維持水量減少,生態系および水利用に障害が生ずるといった批判を受けているものもある。
なお,下水道整備がもっとも進んでいるイギリスでは,10の水域行政庁で全土を分割し,上水道,水汚染防止,水資源保護,水力発電,舟運,下水道などの総合水管理を行っており,日本の流域下水道に相当するものも整備している。西ドイツでは,イギリスより早く総合水管理を行う河川管理組合を設立し,広域的な下水道整備と都市,村落ごとの公共下水道整備を合わせて水汚染防止を進めている。これに対し日本では,流域あるいは地域ごとの総合水管理機関はなく,多数の中央官庁と地方自治体間で複雑な水管理が行われており,流域下水道の整備に当たっては,それらの行政組織間の調整を踏まえてはじめて実施可能となっている。
→下水道
執筆者:松井 三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報