消化・吸収機能評価

内科学 第10版 「消化・吸収機能評価」の解説

消化・吸収機能評価(生理機能診断)

(2)消化・吸収機能評価
 膵疾患,胃・小腸切除例など多くの疾患で脂肪のほか,糖質,蛋白質,ビタミンなど各種栄養素の吸収が障害される.吸収不良症候群の症状は,各栄養素の摂取不足や異化の亢進と同様である.したがって診断のためには各種吸収試験を行い,実際に吸収障害の有無やその程度を明らかにする必要がある.
a.脂肪の吸収を評価する検査
 ⅰ)糞便検査
 糞便はおもに食物残渣・腸内細菌・腸分泌液・胆汁・剥離した消化管上皮からなる.糞便の検査は寄生虫・細菌などの感染症,腸管出血,腫瘍などの診断だけでなく消化・吸収の状態の把握や診断に有用である.便の形状・硬度をみることにより消化・吸収の状態や腸管運動,狭窄の有無などを知ることができる.吸収不良や分泌亢進があれば軟便,下痢便となる.
1)糞便脂肪染色法(SudanⅢ染色法):
脂肪をはじめ糖質,蛋白質,無機質,ビタミンなど各種栄養素の吸収不良を引き起こす吸収不良症候群の診断のための検査には腸管から吸収されずに糞便中に排泄されるものを測定する方法と各種負荷試験がある.脂肪便染色法は前者に属する基本的な検査であり比較的簡単な定性的スクリーニング検査である.実際の方法はスライドグラスに米粒大の少量の新鮮糞便をとり生理食塩水をよく混和し,1滴の氷酢酸glacial acetic acid)を滴下し沸騰直前まで加熱する.この操作で糞便中のトリグリセリドが脂肪酸に加水分解される.次にSudanⅢ溶液を添加しカバーグラスをのせて鏡検する.脂肪滴は赤またはオレンジ色に染色される.観察される脂肪滴数は正常者では通常100倍率で1視野10個以内である.現在は,SudanⅢに代わりOil Red Oも使用されている.
2)脂肪便定量法(脂肪balance study):
脂肪便定量法は脂肪の摂取量と排泄量を測定して,その比から吸収率を算出する方法で吸収不良の検査としては鋭敏かつ正確である.現在糞便中の脂肪をそのまま抽出,算定する方法として一定量の糞便にエタノールアルカリを加えて脂肪をけん化・抽出し,さらに脂肪酸に変化させてアルカリで滴定するvan de Kamer法の変法が最も広く用いられている.通常健常者では,脂肪吸収率は90%以上である.また1日平均糞便中脂肪量は6 g未満が正常で6 g以上は異常である.この検査を行うにあたって,糞便量は毎日変動するので,できるだけ変動を小さくするために3~5日以上蓄便したほうがよい.脂肪摂取量が少ないと軽度の吸収障害が見逃される場合があるので検査期間中はおおよそ1日40~60 g以上の脂肪摂取が望ましい.なお糞便は密閉した容器に入れて検査まで冷蔵庫に保存しておく.
 ⅱ)胆汁酸負荷試験
 回腸疾患や切除後など回腸障害のある場合には胆汁酸の再吸収が障害され,胆汁酸を経口負荷しても血清胆汁酸が増加せず血清胆汁酸濃度曲線が平均化する.ウルソデオキシコール酸経口投与しその後の血清胆汁酸を測定する.10 μmol/L以下であれば小腸末端での吸収障害を示唆する.
b.糖質の吸収を評価する検査
 ⅰ)d-キシロース試験
 d-キシロースは分子量150の五炭糖であり消化を必要とせず空腸からグルコースガラクトースと同様に吸収される.吸収された血中キシロースの約60%は体内で代謝・分解され,残りの約40%は尿中にそのままの形で排泄される.d-キシロース試験は一定量のd-キシロースを投与してその後5時間の尿中排泄キシロース量を測定するもので小腸の吸収機能を判定することができる.ただし,d-キシロースは胃から小腸に至り,吸収されて門脈,肝を経て体循環に入り腎から尿中へ排泄される.このため①胃排泄能低下,②浮腫・腹水,③腎機能低下などの病態では判定に際し注意を要する.d-キシロース投与量は5 gまたは25 gが用いられる.25 g投与では悪心,嘔吐,下痢,腹痛などの副作用がみられる.一方5 g投与では軽度の吸収障害の診断には劣る.d-キシロースは消化を必要としないため吸収不良症候群のうち本態性のスプルー,吸収面積減少型の短腸症候群,Crohn病などでは低値を示す.異常増殖した腸内細菌によるd-キシロースの分解が起こる盲係蹄症候群では異常低値を示す.膵疾患,胆道疾患など消化障害による吸収不良では正常値となる.
1)実施法:
早朝空腹時,排尿後d-キシロース5 gまたは25 gを250 mLの水とともに服用させる.その後適当な尿量を確保するために直後ないし1時間後にさらに250 mLの水を飲ませる.d-キシロース投与後5時間まで蓄尿し尿中のd-キシロースを測定する.5 g法での正常値は1.5 g(30%)以上,25 g法での正常値は5~8 g(20~32%)である.
 ⅱ)乳糖負荷試験
 乳糖(ラクトース)20 gを経口投与(牛乳2本程度の負荷に相当)し,投与後の血糖値の上昇の程度から間接的にラクターゼ活性を測定する方法である.正常症例では20 mg/dL以上の血糖値上昇を認める.また,乳糖負荷試験で血糖上昇のない場合,ラクターゼ製剤を乳糖と同時に投与し,血糖の上昇があればラクターゼ欠乏をさらに確実に診断できる.
 ⅲ)
水素呼気試験
 ラクターゼ欠乏では,未吸収で大腸に到達した乳糖が,腸内細菌で代謝されて水素ガスが産生され,水素ガスは腸粘膜から吸収され肺から呼気の一部として排泄される.この呼気中の水素ガスを経時的に測定することにより間接的に乳糖吸収能を評価する.乳糖50gを経口投与し,未消化乳糖の細菌代謝によって発生した水素を摂取後2,3,4時間の時点で呼吸計を用いて測定する.吸収不良の患者では,呼気中水素はベースラインから20 ppm以上増加する.ただし,腸内細菌叢に水素ガス産生菌をもたない人では無効である.
c.蛋白質の吸収を評価する検査
 ⅰ)PFD試験(N-benzoyl-l-tyrosyl-p-aminobenzoic acid test)
 PFD試験は,合成基質N-ベンゾイル-l-チロシル-p-アミノ安息香酸(BT-PABA)を経口投与し,膵外分泌酵素キモトリプシンによる腸管内分解産物であるパラアミノ安息香酸(PABA)の吸収後の尿中排泄率を測定する方法である.経口投与されたBT-PABAは,消化管で吸収されず膵液中のキモトリプシンによって加水分解されPABAを遊離する.遊離したPABAは,腸管から容易に吸収されて肝で包含を受け腎より排泄される.よって膵外分泌機能の障害でキモトリプシン分泌が低下している状態ではBT-PABAの加水分解が減少するため尿中への排泄量も減少する.PABAを服用後の尿中への排泄量を測定することにより間接的に膵外分泌機能を知ることができる.膵外分泌機能の低下以外に,小腸における吸収低下のある場合や,肝機能や腎機能低下のある場合にも尿中の排泄量は低下する.また,抗結核薬イソニアジド(INH),抗炎症薬アセトアミノフェンとパラアミノサリチル酸カルシウム(PAS),抗不整脈薬塩酸プロカインアミドなどの薬剤内服で,膵外分泌機能が正常にもかかわらず尿中PABA排泄量が低下する可能性もある.経口糖尿病薬内服では膵外分泌機能が悪いにもかかわらず尿中PABA排泄量が低下しない場合もある.
1)実施法:
早朝空腹時排尿後に,BT-PABA 500 mgを水200 mLとともに服用.開始6時間後まで蓄尿して尿量を測定する.採取した尿の一部を用いて尿中PABA濃度を比色測定して尿中PABA排泄率(%)を計算する.正常値は71%以上.
2)糞便窒素量:
糞便中に残存する蛋白質または蛋白分解産物に含まれる窒素を酸化装置によって硫酸アンモニウムとした後,蒸留装置でアンモニアに分解し滴定する.健常者では蛋白吸収率は90%以上であるが蛋白の吸収不良,蛋白漏出性胃腸症および小腸・大腸の広範な潰瘍性疾患では高値を示す.
d.ビタミンの吸収を評価する検査
 ⅰ)ビタミンB12吸収試験(Schilling試験)
 d-キシロースはおもに空腸で吸収されるのに対し,ビタミンB12は回腸で吸収されるので吸収不良症候群の鑑別のためビタミンB12吸収試験が行われる.現在行われているのは1953年にSchillingによって報告された方法を改良したもので,ヒト胃液結合57Co・B12カプセルと遊離58Co・B12カプセルを同時に経口投与し,その後2時間以内に多量の非放射性B12を筋注して血漿や肝のB12の結合部位を飽和させる.これにより経口投与で吸収されたB12は腎から排泄されるので24時間で尿中に排泄された57Coと58Coの放射活性を比較して判定する.内因子欠乏による悪性貧血の場合は胃液結合57Co・B12は腸管から吸収されるため尿中排泄量は多く,遊離58Co・B12は吸収されないので低値となる.腸管での吸収障害では両者とも吸収されないので尿中排泄量は低値となる.d-キシロース試験と同様に腸内細菌の異常増殖でもB12吸収不良パターンとなる.
1)実施法:
実際には市販されているキットを利用するが検査前3~4日からはビタミン剤,内因子の投与は中止しておく.
2)判定:
表8-1-4に従う.
e.蛋白漏出を評価する検査
ⅰ)α1-アンチトリプシンクリアランス(α1-ATクリアランス)
 吸収不良症候群に類似した病態を呈する蛋白漏出性胃腸症では,消化管から血漿成分が過度に漏出し蛋白の消化吸収や肝臓での蛋白合成が追いつかず栄養不良に陥る.病態の診断のためには消化管腔への血漿アルブミンの漏出を証明する必要がある.現在,その評価には簡便で定量測定が可能なα1-アンチトリプシンクリアランス(α1-ATクリアランス)がおもに用いられている.α1-アンチトリプシン(α1-AT)は,急性相反応物質の1つで血清蛋白分画上α1-グロブリンに属し,分子量51000のアミノ酸450個からなる糖蛋白質であり,分子量はほぼアルブミンと同じである.トリプシン,キモトリプシン,プラスミンなどの酵素阻害作用を有するプロテアーゼインヒビターである.一度腸管内に漏出すると腸内酵素では消化されず,抗原性を保ったまま糞便に排泄される.α1-ATクリアランス法は測定が簡便で定量測定できるため診断に用いられるだけでなく,同一症例の病勢の把握,治療効果判定など経過観察にも有用である.正常人の便中には1 g中におよそ1 mgのα1-ATが排泄されており,α1-ATクリアランスの正常上限は13 mL/日とされている.一般に小児および成人ともα1-ATクリアランスで20 mL/日以上を示す場合に蛋白漏出性胃腸症が存在するとされている.[岩切龍一・藤本一眞]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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