消化器感染症

内科学 第10版の解説

消化器感染症(臓器別感染症)

概念・概略
 消化器感染症には食道から胃・小腸・大腸・直腸に至る消化管の感染症と肝・胆(胆道・胆囊)・膵の臓器感染症が含まれる.後者の臓器感染症はそれぞれの別項に記載される.また消化管の感染症でも個々の病原体の記載もあるため,この項では消化管感染症の概要・全体像を記載する.
1)食道感染症
(esophageal infection): HIV感染など易感染性宿主に発症するものとして,カンジダ,単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスによるものがある.カンジダ性のものは食道に散布状白苔が,単純ヘルペス性のものでは辺縁が少し隆起した浅い潰瘍が,サイトメガロウイルス性では打ち抜き状の境界鮮明な浅い潰瘍が観察される.
2)胃感染症
(gastric infection): ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori:ピロリ菌)の感染がある.グラム陰性菌で微好気性(炭酸ガスが10〜15%,高湿度で増殖)であり,らせん状形態である.幼少児期に感染し,急性胃炎の後に慢性胃炎に移行し,生涯にわたる持続感染となる.胃生検材料からは培養可能であるが糞便・環境からは培養検出はされておらず,感染経路の確定はされていない.ただし,感染率は幼少児期の衛生状況に関連しており,日本では50歳以上では70%程度の感染率であるが,20歳代では十数%にとどまる.慢性胃炎では症状のないことも多いが,これを基盤として消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)が発症するため,ピロリ菌は消化性潰瘍の原因菌(causative agent)とされている.また,この菌の感染は胃癌・胃MALTリンパ腫の発生と深く関連している【⇨4-5-4)-(11)】,【⇨8-4-10)】.また,特発性血小板減少性紫斑病(ITP)との関連も指摘されている【⇨14-11-3)】.
3)腸管感染症
(intestinal infection): 腸管ではさまざまな病原体が疾患を引き起こす.ほとんどすべての経口感染病原体は腸管(多くは大腸,一部は小腸)に感染するもの,もしくは腸管から侵入するものである.腸管感染症で重要なのは感染性食中毒である.感染性食中毒は「毒素型」と「感染型」に分類される.「毒素型」は,病原体増殖により,食品中で産生された毒素を摂食することで発症するもので,黄色ブドウ球菌(耐熱性腸管毒),ボツリヌス菌(神経毒)およびセレウス菌(嘔吐型のみ)がこれに分類される.これら以外のものは「感染型」に分類される.「感染型」病原体でも毒素(下痢原性)を産生するものも多いが,これらは食品中の病原体が腸管で増殖後,もしくは腸管から侵入後に発症する.
 一方,感染症の危険度などを総合的に勘案して定められたものに「感染症法」(正式には「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」)がある.保健所への届出を必要とする感染症を定めているが,このなかにも消化管感染症が多く含まれている.「食中毒病因物質」と「感染症法」の指定はまったく別系統であるため,同一疾患(病原体)でも双方での届出が必要なものもある.感染症法の五類(小児定点)に感染性胃腸炎がある.これは疾患概念で,多種の下痢原性病原体(感染症法に別指定されているものを除いた)が含まれる.
病因・臨床症状
 代表的な食中毒病原体とその感染症概要を表4-2-1にまとめた.個々の病原体の詳細は別項を参照されたい.腸管感染症において最も一般的な症状は下痢である(表4-2-1の病原体のほとんど).ただし,下痢症状が少ない(ない)ものもある.ボツリヌス菌(毒素)感染では発症当初に軽度の下痢のあることが多いが,神経麻痺の症状の進展に伴い,便秘に傾くことが多い.腸チフス・パラチフスでは発症当初に下痢を示すこともあるが,高熱のみのことも多い.血便は発症当初もしくは第3病週頃にみられることがある.リステリア感染は食品を介した経口感染ではあるが,下痢など消化管症状はなく,髄膜炎,敗血症,肺炎などが起こる.急性灰白髄炎(ポリオ)も経口感染であるが,下痢はなく,風邪様症状や髄膜刺激症状で発症する.
 なお,ノロウイルスは従来Norwalk-like virusesとよばれてきたものであり,旧来の小型球形ウイルス(small round-structured virus:SRSV)のほとんどすべてである.ノロウイルス感染では特定治療薬はないが,数日で回復する.ただし,嘔吐の頻度が高く,特に高齢者や小児・幼児では窒息・誤嚥性肺炎への注意が必要である.小型球形ウイルスにはサポウイルス(従来Sapporo-like virus)も含まれるが,症例報告数は少なく,症状もノロウイルスより軽症である.主要下痢原性ウイルスではほかにロタウイルスがある.2歳以下の乳幼児の感染がほとんどであり(A型),2〜3日の潜伏期の後に発症する.症状はノロウイルス感染より強く,おおむね5〜7日で軽快する.これらのウイルスは現在ではヒト-ヒト感染が多い.
 また,重要な消化管感染原虫として赤痢アメーバ(病原菌名)がある.アメーバ赤痢(感染症名)では下痢・腹痛などの症状がしだいに悪化するが,肝臓に膿瘍を形成することがある.消化器症状がなく肝膿瘍で発見されることも多い.また,腸結核も重要であり,便潜血,腹痛などから発見され,腸内に潰瘍が認められる.
 腸チフス・パラチフスでは病原体は菌血症を起こすが,サルモネラ属は基本的には血液中に侵入しやすく,非チフス性でも菌血症を起こすことがある.また,軽快後も長期に排菌が続くことがある.カンピロバクターではCampylobacter fetusが敗血症(菌血症)を起こすが,C. jejuni,C. coliも起こすことがある.さらに,腸管出血性大腸菌感染症ではベロ毒素による溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併すると重症化する.
 潜伏期は原因病原体の推定に重要である.通常は12時間から2日程度である.黄色ブドウ球菌,セレウス菌(嘔吐型)の食中毒では潜伏期は2時間程度と非常に短い.腸管出血性大腸菌,カンピロバクターでは2〜10日と幅広い.赤痢菌はおもに1〜3日程度であるが,アメーバ赤痢では典型例で2〜3週間である(数カ月のこともある).
疫学
 近年,細菌性食中毒ではカンピロバクター,非チフス性サルモネラ,ウェルシュ菌,(黄色)ブドウ球菌の報告患者数が多い.カンピロバクター食中毒は発生患者数に対し件数が多く,小規模発生が多いことがうかがえる.また,カンピロバクターは小児の下痢では最も多い病原体である.逆にウェルシュ菌では患者数に対し件数が少なく,大規模発生が多い.腸管出血性大腸菌の食中毒での報告患者数は少数であるが,感染症法での報告は4000例に近く,日本では日常で認められるものとなっている.コレラでは現在はほぼすべて輸入感染症であるが,腸チフスでは国内発生もある.
 ウイルス性ではノロウイルスによるものが近年増加している.ノロウイルスの食中毒患者数は細菌性の総数に匹敵し,かつ感染性胃腸炎でも報告されることを考慮すると患者数は膨大である.ノロウイルス感染は冬が多く(ロタウイルス感染も冬季),河川水(下水処理水流入)での検出も冬に多い.一方で,細菌性のものは夏季を中心に発生しており,特に腸炎ビブリオ食中毒は海水温の高い時期に限られる.
治療
腸チフス・パラチフスでは主としてキノロン剤の投与が行われるが,キノロン耐性菌が増加している.コレラ・赤痢でもキノロン剤を中心に抗菌薬投与が行われる.ただし,一般の食中毒(腸管出血性大腸菌を含めて)では必ずしも抗菌薬投与は必要ではない.重症感のある場合は成人にはキノロン剤・ホスホマイシンを投与する(小児はホスホマイシン).カンピロバクターではキノロン剤に耐性が多く(耐性化しやすく),マクロライド系の投与を行う.アメーバ赤痢ではメトロニダゾールを投与する.
 感染性下痢症(急性下痢)の場合は,症状が長引く可能性があるため,止痢薬の投与は行わない.ただし,乳酸菌製剤などの整腸薬の投与は行ってよい.腸管蠕動抑制薬(臭化ブチルスコポラミンなど)などの腹痛止めは最低限の投与にとどめる.激しい腹痛・血便の場合は入院が望ましい(特に小児).
 最も重要なのは,脱水の補正である(特に嘔吐・下痢が強い場合).重症例では補液を行うが,軽症でも水分の経口摂取を勧める.ソリタT顆粒2号(3号)の経口補液の処方もよい.最近は経口補液のペットボトルも市販されている.
予防・防御
コレラにはワクチンがあるが,実用的ではない(日本で接種可能なものはない).腸管感染症全体の予防では手指消毒および食品加熱(生肉摂食を控えることを含む)が重要である.ほとんどの病原体は消毒用エタノールに感受性であるが,芽胞産生菌(Clostridium difficileなど)はもちろん,ノロウイルス・ロタウイルスでは手指消毒剤の効果は期待できない.したがって,下痢便などの取り扱い時には界面活性剤(石鹸など)での物理的除去が重要である.次亜塩素酸は効果を示し,手指には使用できないが,便・吐物の消毒には使用できる.
 食品加熱では腸管出血性大腸菌に対しては75℃,1分(食品中心温度)が推奨されているが,ノロウイルスは耐熱性が高く85℃,1分が推奨されている.[平井義一]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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