清滝神社(読み)せいりゆうじんじや

日本歴史地名大系 「清滝神社」の解説

清滝神社
せいりゆうじんじや

[現在地名]大野市清滝

大野(おおの)城跡の南西、砂(すな)山(七面山)に鎮座する。祭神は大国主(おおくにぬし)命・大国魂(おおくにたま)神。旧郷社。社伝によれば、養老二年(七一八)の勧請で、古くは亀(かめ)山(現大野市)の麓にあったが、天正(一五七三―九二)初年金森長近が亀山に築城するに及んで現在地に遷座したとされる。その後、代々の大野城主から産土神として崇敬されたという。「越藩拾遺録」は「青竜ノ社」として

<資料は省略されています>

と記している。


清滝神社
きよたきじんじや

[現在地名]日光市清滝一丁目

国道一二〇号右側の杉木立の中にある。主祭神は大海津美神、高神・大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命を配祀する。かつては清滝権現と称した。社伝によれば、弘仁一一年(八二〇)弘法大師空海が丹勢(たんぜ)山東麓岩壁の滝を、天笠大鷲山(だいじゆせん)の清滝に似ているところから清滝と命名。大鷲山の金比羅大権現を日光山の鎮守として勧請、また滝近くに別当清瀧(せいりゆう)寺を建立したと伝える。


清滝神社
せいりゆうじんじや

[現在地名]三和町光末 重近古屋

字重近古屋(しげちかごや)にあり、祭神素盞嗚尊・保食神・大物主命。旧村社。神石郡内の神社では最も古い天平年間(七二九―七四九)の草創を伝える。武家勢力が八幡信仰をもちこむ以前の在来信仰の名残であろう。享保一二年(一七二七)建立という現本殿には竜の突出彫刻二四、象その他獣頭十数個の彫刻が彩色して施されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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