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源兼行 みなもとの かねゆき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源兼行 みなもとの-かねゆき

?-? 平安時代中期の官吏,書家。
正四位下,内匠頭(たくみのかみ)。寛徳2年(1045)から承保(じょうほう)元年(1074)にいたる3度の大嘗会(だいじょうえ)で,屏風(びょうぶ)色紙形の筆者にえらばれた。平等院鳳凰堂扉絵の色紙形,高野切(こうやぎれ)(第二種),「桂本万葉集」などの筆者と推定されている。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源兼行

生年:生没年不詳
平安中期の能書。治安3(1023)年から承保1(1074)年までの活躍が記録されている。父の延幹は11世紀初めごろの能書で,藤原行成と並び称せられた。少内記・伊勢守などを経て,大和守・正四位下に至った。上表文や願文の清書,寺院の扉色紙形や門額など,多くの能書活躍が当時の公卿日記などに窺える。とりわけ後冷泉・後三条・白河の3代にわたる天皇の大嘗会における悠紀主基屏風の色紙形の執筆を拝命したことは,書道史上にも特筆すべきものである。近年の研究によって,天喜1(1053)年3月に藤原頼通によって建立された平等院鳳凰堂の色紙形が兼行の自筆と確認され,また「九条家本延喜式」の紙背文書として現存する兼行自筆書状と併せて重要な資料となり,その結果,「高野切第二種」「桂本万葉集」「雲紙本和漢朗詠集」「関戸本和漢朗詠集」ほか一群の同筆遺品が確認されることとなった。これらの書は,いずれも沈着で重厚味のある風格ある書風で,平安時代古筆の中でも特異の存在である。

(古谷稔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

みなもとのかねゆき【源兼行】

平安中期の能書家。生没年不詳。陽成源氏法隆寺の別当延幹(えんかん)の子。摂関家や朝廷の御用をつとめ,1020年(寛仁4)には法成寺の御堂の色紙形を書いた。今日に遺る宇治平等院鳳凰堂の色紙形の書は,〈兼行〉名のある消息や九条家本延喜式紙背文書(東京国立博物館)と書風が同じで,彼の作品とわかる。その他,《桂本万葉集》《雲紙本和漢朗詠集》《関戸本和漢朗詠集》前田育徳会蔵《北山抄》(巻三)などがその筆蹟と考えられるが,従来,兼行と鑑定されていた〈西大寺切〉は,鎌倉時代に下ることが判明した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

源兼行
みなもとのかねゆき

生没年未詳。平安後期の能書家。僧延幹(えんかん)の子。少内記(しょうないき)、伊勢守(いせのかみ)、内匠頭(たくみのかみ)を経て、正四位下・大和守(やまとのかみ)に至る。とくに後冷泉(ごれいぜい)天皇・後三条(ごさんじょう)天皇・白河(しらかわ)天皇の3代(1045~86)にわたり、大嘗会(だいじょうえ)の悠紀(ゆき)・主基屏風(すきびょうぶ)の色紙形(しきしがた)の揮毫(きごう)にあたったことが特筆される。彼の自筆書状が『九条家本延喜式(えんぎしき)』(東京国立博物館)の紙背文書(しはいもんじょ)から発見され、筆跡研究の結果、平等院(びょうどういん)鳳凰堂(ほうおうどう)壁扉画(へきひが)の色紙形が兼行の執筆と判明した。さらに、この色紙形との書風比較により『桂(かつら)本万葉集』『高野切(こうやぎれ)古今集(第二種)』『関戸本和漢朗詠集』『雲紙本和漢朗詠集』など、一連の同筆遺品が兼行の自筆になることが明らかとなっている。[神崎充晴]

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