日本大百科全書(ニッポニカ) 「現代の英雄」の意味・わかりやすい解説
現代の英雄
げんだいのえいゆう
Герой нашего времени/Geroy nashego vremeni
ロシアの詩人・小説家レールモントフの長編小説。1840年刊。『祖国雑記』誌へ個別に掲載した3編と未発表の2編の中・短編小説(『ベーラ』『マクシム・マクシームィチ』『タマーニ』『公爵令嬢メリー』『運命論者』)からなり、共通の主人公ペチョーリンの人間像を、外から内へしだいに移る視点で明らかにしていく独特の構成原理によって組み替えられた連鎖形式の小説の形をとっている。社会的・哲学的諸問題を含む複雑なテーマを、事件の継起にしたがってではなく、主人公の内的世界の展開を筋にして配置し、人間存在の本質に迫ろうとした、ロシア文学史上最初の散文小説として評価されている。
ペチョーリンは、デカブリストの乱が鎮圧された直後のロシア社会で窒息させられ、カフカスの山岳民族抑圧戦争へ追放されたとおぼしい貴族青年将校で、並はずれた知力と行動力を有効に発揮できぬまま破滅していく自己を鋭く深く分析しながら、どうすることもできず苦悩する。作者は、「カフカス人」化した人のいい老ロシア軍人、「自然人」である密貿易人や山岳民の若者とか娘を対極的に描くが、安易なロマン主義的理想化に堕してはいない。上流社会の俗物たちはペチョーリンの辛辣(しんらつ)な行動の犠牲にされる。主人公のこの「不道徳性」を非難する声が発表と同時に保守反動層から沸騰した。作者が第2版の序文に書いた反論は新創作原理の定式化でもある。トルストイ、ドストエフスキーらへの影響は大である。日本でも明治時代、森鴎外(おうがい)訳『ぬけうり』、小金井喜美子訳『浴泉記』で早くから紹介されている。
[木村 崇]
『中村融訳『現代の英雄』(岩波文庫)』